輪島市の貴重な歴史資料の存在、ひいては本地域の多様な歴史や文化が広く社会に認知されるとともに、次世代まで継承されるために、ぜひ翻刻をお願いいたします!
深見区有文書は、現在の石川県輪島市深見町で保管されてきた文書群である。 深見町は鳳至郡内にあり、近世には谷内村と呼ばれ、7つの垣内(かくち。村よりも小さいまとまり)で構成された村であった。明治22年(1889)以降は鵠巣村(こうのすむら)となり、昭和29年(1954)から現在まで輪島市の所属となっている。 文書の存在はかねてから知られており、『輪島市史』資料編第2・4巻(石川県輪島市役所1972・1975)にも掲載されている。平成8年には一部の資料(約300点)について輪島市教育委員会より『深見区有文書目録』(輪島市教育委員会1996)が刊行された。令和6年(2024)能登半島地震後、1000点を超える文書の存在が確認され、現在、輪島市でデジタル化中である。 『輪島市史』には、寛永期以来の近世の海運、難船、山林、垣内の相互関係、山林争論に関する史料が掲載されているが、今回確認された文書には、近現代の史料も多く含まれている。それらの文書からは、住民の共同体による地域運営や、谷内漁業組合などによる産業への取り組み、戦争など大きな時代の変遷との関わりを知ることができる。 令和8年(2026)年9月24日に0001〜0600(内、一部資料を除く)までの553件を公開した。なお、同年9月時点では輪島市による一次的な整理段階の情報を公開している。
本文書は、石川県輪島市黒島町の北前船主であった森岡家に伝来した文書である。 北前船は18世紀後半から19世紀の日本の物流を支えた存在で、黒島には多くの北前船主が居住していた。船主は、何艘もの船を持ち、北海道や畿内を往来して、米や肥料、砂糖や衣類などの商品を輸送、売買し、遠隔地域間の価格差を利用して利益を得た。森岡家はその代表的な家の一つである。 今回は、森岡家文書(輪島市所蔵)のうち、こうした海運関係の文書53点について、デジタル化・公開した。特に、船の新造と修理について記録した延享3年(1746)から嘉永6年(1849)までの作事帳は、当時の造船に関する費用や材料、技術などがわかる貴重な史料で、輪島市の文化財に指定されている。 本事業は、文化庁地域文化財総合活用推進事業(2019〜2021、2023年度)により行われた。
谷川家は、輪島市鳳至町で明治 38(1905)年に酒造りを始めたと伝えられている。現在、酒造は営業しておらず、醤油・味噌の醸造を行っている。令和4年(2022)の調査で、明治 33 年 (1900)から昭和55年(1980)頃の酒造関係資料があることが確認できた。これらの資料のうち、看板やポスター、写真・アルバム、酒器類 83 点を撮影・リスト化し、公開した。 谷川家資料の中で特筆すべきは、大正期から昭和 20 年(1945)以前の酒造場や酒造工程の写真が現存して いる点である。既に存在しない建築物や、使われていない酒造道具、当時の酒造工程を可視化できる 資料として大変貴重である。 本事業は、文化庁「令和4年度文化芸術振興費補助金(「食文化ストーリー」創出・発信モデル事業)」により行われた。
角海家は、石川県輪島市門前町黒島町に所在する北前船主として活躍した家である。平成19年(2007)の能登半島地震をへて、土地・建物および文書・什器等が輪島市に寄贈された。被災した同家は同23年(2011)に修復を終えると、同28年(2016)旧角海家住宅の名称で、主屋・家財蔵・塩物蔵・小豆蔵・米蔵の五棟が国の重要文化財の指定を受けた。 角海家文書の総点数は22,152点で、本アーカイブの「角海家文書(第2期)」では、令和3年(2021)刊行の『輪島市門前町黒島町角海家文書調査報告書(第二期)』(角海家文書研究会著、合同会社AMANE編、輪島市教育委員会発行)に収録された11,951点のうち5,815点(第二期襖下張文書1)を公開する。これらは、神奈川大学日本常民文化研究所が襖から剥離した下張文書を角海家文書研究会が調査・整理したものである。内容は、角海家の仕切の他、輪島鳳至町の廻船業者・久保屋喜兵衛家の文書が含まれているのが特徴である。 本事業は、文化庁文化遺産総合活用推進事業(2016・2017年度)および輪島市により行われた。