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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之7 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之7 - ページ 61

ページ: 61

翻刻

【見開き 絵図】 【右丁】 《振り仮名:千代か崎|ち よ  さき》  行人坂(きやうにんさか)の北(きた)永峯松平(なかみねまつたひら)  主殿侯(とのもかう)別荘(へつさう)の後(うしろ)中(なか)  目黒(めくろ)の方(かた)へ少(すこ)し下(くた)る所(ところ)  なり初(はしめ)《振り仮名:鎗か崎|やり  さき》といひ  しを後(のち)に《振り仮名:千代か崎|ち よ  さき》と  改(あらため)られしといふ主殿侯(とのもかう)  構(かまひ)の旧跡(きうせき)ににて池(いけ)の  傍(かたはら)に衣掛松(きぬかけまつ)といふ  有(ある)は新田義興(につたよしおき)の室(しつ)  義興(よしおき)《振り仮名:矢口の渡|やくち  わた》しにて  最期(さいこ)の事(こと)を聞(きゝ)かなしみに  絶(たえ)す此池(このいけ)に身(み)を  投(なく)るといへり絶景(せつけい)  観(くわん)といへるも    此(この)別荘(へつさう)の号(かう)       なりとそ

現代語訳

【見開き 絵図】 【右丁】 千代ヶ崎(ちよがさき)  行人坂(ぎょうにんざか)の北、永峯松平主殿頭(とのものかみ)  別荘の後ろ、目黒の方へ少し下る所  である。初め槍ヶ崎(やりがさき)といっていた  のを後に千代ヶ崎と  改められたという。主殿頭の  屋敷の旧跡で、池の  傍らに衣掛松(きぬかけまつ)という松が  ある。これは新田義興(にったよしおき)の妻が  義興が矢口の渡しで  最期を遂げたことを聞き、悲しみに  耐えず、この池に身を  投げたと言われている。絶景  観(ぜっけいかん)というのも    この別荘の名前       であるということだ。

英語訳

【Double-page spread illustration】 【Right page】 Chiyogasaki (Chiyo Cape)  North of Gyōnin-zaka slope, behind the villa of Nagamine Matsudaira Tonomo-no-kami, this is a place that descends slightly toward Meguro. Originally called Yarigasaki (Spear Cape), it was later renamed Chiyogasaki. This is the former site of Tonomo-no-kami's estate, and beside the pond stands a pine tree called Kinukake-matsu (Robe-hanging Pine). It is said that when the wife of Nitta Yoshioki heard that Yoshioki had met his end at Yaguchi-no-watashi ferry, she was overcome with grief and threw herself into this pond. "Zekkeikan" (Superb View Pavilion) is also said to be the name of this villa.