翻刻
第九 ○御船蔵前 高橋筋 佃嶋りやうし丁
○霊岸島 永代島
御船蔵前町ゟ八名川丁六間堀神明門前南森下
常磐丁【家紋】小笠原佐渡守様下やしき【家紋】太田摂津守様中
屋敷ニて焼留る此辺都て崩多し又扇橋ゟ北深川西丁半丁余やける
小名木川通上下共崩多し又清住丁大崩れいせ崎丁やける寺丁通
少しニて三角富久丁潰る和倉本所代地やける又一ト口は永代より入口
相川丁熊井丁諸丁北川町黒江丁大嶋丁中嶋丁はまぐり丁永代寺
門前山本丁仲丁右何れ潰候上焼失す八幡宮別条なく三十
三間堂木場辺少しツヽ崩所々也▲大橋ぎは御籾蔵少しやける深川元丁
大崩也大はし向間部がし《ルビ:稲荷堀|とうかぼり》箱さき北新川共崩多し
霊岸嶋塩丁片側やける南新堀半丁程やける大川端町はま丁やける
都合二丁余也越前様きはニて焼留る霊岸嶋多分崩所多し
鉄炮洲は【家紋】松平淡路守様やける其外御やしき潰れ多く前町
二丁程やける都而もえ立時は三十余ヶ所相見へ候得共五ヶ所三ヶ所一所
になり廿七八か所ニ相成申候是に書加へさる所土蔵のみ崩候分は町名を
しるさす誠に広大なる事筆紙につくしかたく候間実事のみを記ス
●御府内四里四方は往古八百余丁なりしが今新地代地門前を加へて
五千七百七十余丁也但シ里数にして百五十九り六十二町なり
其外東海道筋は戸塚限り神奈川崩多く本枚金沢浦賀辺迄
●中山道は高崎辺かぎり蕨ゟ大宮宿迄崩所々也●日光道宇都宮限
街道筋いたみつよく●水戸街道は松戸牛久土浦迄●甲州道は八王子
限り葛西二合半はゆれつよく行徳船橋辺甚しくゆすると也あられば
翌三日朝五ツ半過諸方共すづまり人々安堵のおもひをなしぬ