翻刻
殊之外鳴動致し焼を面白き事に思ひ少しも頓着不致峠
迄八里御座候所此間見物に参候而少も草臥不申候日帰り致候
急便故乱筆御覧わけて可被下候以上
七月廿一日 牧野八郎左衛門
胎野六太夫様
武州入間郡河越松平大和守殿御在所役人ゟ注進手紙写
当月五日朝ゟ少々宛灰降同六日昼時分浅間山之方ゟ雷鳴出し
同日暮方ゟ大豆程之砂夥敷降申候夜に入震動百千の雷之
ことく七日終日真闇に相成昼夜焼火に而用事相遅夜に入
茶碗程の焼石夥敷く降震動も弥甚敷相成申候五日六日
七日右三日之内灰砂焼石夥敷絶間も無降積弥震動も
次第に強く七日終日右之通御座候暁に至相止申候八日朝ゟ平日之
様に相成候所又々四時頃ゟ利根川俄に満水壁土のことく成
泥水川幅一盃に流れ参頻に晴夜のことく相成又々震動
夥敷七八間ゟ十三四間も在之火石流れ来る右石流れ
来る時は泥水煮かへり雷のことく鳴動致候由泥にて埋候川々
大利根川広瀬川桃木川杢川神な川三分川矢川