翻刻
起或戒告而村而郡而洲則斯巻雖曰
蕞爾而其裨益於世豈鮮少乎哉予亦
対之悚然而恐粛然而戒其言発乎恐
戒之間者不能自已也乃為序之
明治十八年五月中浣
従六位野村賀真撰
野邨之印【角印】 楽賀【角印】
凶荒(きようくわう)図録(づろく)
目次
〇二宮金次郎(にのみやきんじらう)先生(せんせい)茄子(なすび)を喰(しよく)して凶荒(きようくわう)を知(し)る図(づ)
付(つけたり)貝原楽軒翁(かひばららくけんおう)の喩言(ゆげん)
〇名古屋藩(なごやはん)施行(せぎやう)の図
〇道路(どうろ)に於(おひ)て飢人砂(うゑびとすな)を喰(く)ふ図
〇九州地方(きうしうちほう)凶荒(きようくわう)橘南谿翁(たちばななんけいおう)話(はなし)の図
〇西国飢饉(さいこくききん)金(かね)を持(もち)て餓死(がし)せし図
〇奥州凶歳(おうしうきようさい)飢民(きみん)出羽(では)に流落(るらく)する図
〇同 児(ちご)飢(うゑ)て母(はゝ)の乳房(ちぶさ)を喰切(くひきり)并(ならび)ニ親(おや)の股(もゝ)に喰付(くひつく)図