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コレクション: STAGE1

但州城崎浴湯辧 - 翻刻

但州城崎浴湯辧 - ページ 56

ページ: 56

翻刻

兵庫の町。東海はたに有。浄 土宗。来迎寺といふ。清盛公の 《割書:草創。清盛公。松王|丸等の像あり》●清(きよ)盛(もり) 塚《割書:高さ四間壱尺六寸。弘安九|年とあり。十三重の塔なり。》 《割書:つき嶋の。|出口にあり》●真(しん)光(くはう)寺(じ)《割書:右の|前に》 《割書:あり。元祖一遍|上人の。冢あり》●琵(び)琶(わ)塚(づか) 《割書:清盛塚の前にあり|平の経政の塚あり》●《割書:和田の笠松|さかせ川の端有》 【平経政:つねまさ。琵琶を愛好した】 ▲清盛塚の前ゟ。二丁程 南に|宿(しゆく)村といふ。在有。夫ゟ 西へ行て|駒(こま)が林。野田村へ行。 天上川を。東|須(す)磨(ま)へ出れば。 海道ゟ十丁ほど近し。光(ひかる)源(げん) 氏(じ)の二葉の松。忠(ただ)度(のり)塚淀の 継(つゞき)はしなど。見るに此道よし ●和田明神《割書:ふな人ひよりを|いのるかみなり》 ○福(ふく)巌(ごん)寺(じ)《割書:西の町はづれに|あり。仏灯国師の》 開基。後醍醐帝の。御一宿。あそ 《割書:ばしける寺也。自然|居士の。井戸と云有》○真(しん)福(ふく)寺 《割書:同処妓王妓女|の開基なり》●       ●にほひの梅《割書:東|尻》 《割書:池村にあり菅|家の愛木也》●通(みち)盛(もり)塚《割書:兵|庫》 《割書:ゟ十丁斗西。道の南。|池のはたに。印の松有》●木村源 吾|重(しげ)章(あきら)の塚《割書:通盛塚の北|池中に柳有》 《割書:是也通盛と打|死せし人なり》●長田村《割書:長田|大明》 神に。道風の額あり。明泉 寺に。平の知章 の。つかあり

現代語訳

兵庫の町の東海端にある浄土宗の来迎寺という寺は、清盛公の草創で、清盛公や松王丸等の像がある。 ●清盛塚:高さ四間一尺六寸、弘安九年の銘があり、十三重の塔である。築島の出口にある。 ●真光寺:清盛塚の前にあり、元祖一遍上人の墓がある。 ●琵琶塚:清盛塚の前にあり、平経政の塚がある。 ●和田の笠松:坂瀬川の端にある。 ▲清盛塚の前から二丁ほど南に宿村という在所がある。そこから西へ行って駒ヶ林、野田村へ行き、天上川を東へ向かって須磨へ出れば、海道より十丁ほど近い。光源氏の二葉の松、忠度塚、淀の継橋などを見るにはこの道がよい。 ●和田明神:船人が日和を祈る神である。 ○福厳寺:西の町外れにあり、仏灯国師の開基。後醍醐帝の御一宿をされた寺である。自然居士の井戸というものがある。 ○真福寺:同じ場所で、妓王・妓女の開基である。 ●匂いの梅:東尻池村にあり、菅家の愛木である。 ●通盛塚:兵庫から十丁ほど西、道の南、池の端に印の松がある。 ●木村源吾重章の塚:通盛塚の北、池中に柳がある。これは通盛と討ち死にした人である。 ●長田村:長田大明神に道風の額があり、明泉寺に平知章の塚がある。