翻刻
兵庫の町。東海はたに有。浄
土宗。来迎寺といふ。清盛公の
《割書:草創。清盛公。松王|丸等の像あり》●清(きよ)盛(もり)
塚《割書:高さ四間壱尺六寸。弘安九|年とあり。十三重の塔なり。》
《割書:つき嶋の。|出口にあり》●真(しん)光(くはう)寺(じ)《割書:右の|前に》
《割書:あり。元祖一遍|上人の。冢あり》●琵(び)琶(わ)塚(づか)
《割書:清盛塚の前にあり|平の経政の塚あり》●《割書:和田の笠松|さかせ川の端有》 【平経政:つねまさ。琵琶を愛好した】
▲清盛塚の前ゟ。二丁程
南に|宿(しゆく)村といふ。在有。夫ゟ
西へ行て|駒(こま)が林。野田村へ行。
天上川を。東|須(す)磨(ま)へ出れば。
海道ゟ十丁ほど近し。光(ひかる)源(げん)
氏(じ)の二葉の松。忠(ただ)度(のり)塚淀の
継(つゞき)はしなど。見るに此道よし
●和田明神《割書:ふな人ひよりを|いのるかみなり》
○福(ふく)巌(ごん)寺(じ)《割書:西の町はづれに|あり。仏灯国師の》
開基。後醍醐帝の。御一宿。あそ
《割書:ばしける寺也。自然|居士の。井戸と云有》○真(しん)福(ふく)寺
《割書:同処妓王妓女|の開基なり》●
●にほひの梅《割書:東|尻》
《割書:池村にあり菅|家の愛木也》●通(みち)盛(もり)塚《割書:兵|庫》
《割書:ゟ十丁斗西。道の南。|池のはたに。印の松有》●木村源
吾|重(しげ)章(あきら)の塚《割書:通盛塚の北|池中に柳有》
《割書:是也通盛と打|死せし人なり》●長田村《割書:長田|大明》
神に。道風の額あり。明泉
寺に。平の知章
の。つかあり
現代語訳
兵庫の町の東海端にある浄土宗の来迎寺という寺は、清盛公の草創で、清盛公や松王丸等の像がある。
●清盛塚:高さ四間一尺六寸、弘安九年の銘があり、十三重の塔である。築島の出口にある。
●真光寺:清盛塚の前にあり、元祖一遍上人の墓がある。
●琵琶塚:清盛塚の前にあり、平経政の塚がある。
●和田の笠松:坂瀬川の端にある。
▲清盛塚の前から二丁ほど南に宿村という在所がある。そこから西へ行って駒ヶ林、野田村へ行き、天上川を東へ向かって須磨へ出れば、海道より十丁ほど近い。光源氏の二葉の松、忠度塚、淀の継橋などを見るにはこの道がよい。
●和田明神:船人が日和を祈る神である。
○福厳寺:西の町外れにあり、仏灯国師の開基。後醍醐帝の御一宿をされた寺である。自然居士の井戸というものがある。
○真福寺:同じ場所で、妓王・妓女の開基である。
●匂いの梅:東尻池村にあり、菅家の愛木である。
●通盛塚:兵庫から十丁ほど西、道の南、池の端に印の松がある。
●木村源吾重章の塚:通盛塚の北、池中に柳がある。これは通盛と討ち死にした人である。
●長田村:長田大明神に道風の額があり、明泉寺に平知章の塚がある。