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斯(か)くて。右給水は。貯水量全(ちよすゐりやうまつた)く尽きたる為め止むなく翌朝七
時十分に至りて停止せしかば。罹災者の困難一方ならず。一時
は渇死せん許りなりしが。県庁市役所(けんちやうしやくしよ)より道路撒水用(だうろさんすいよう)の箱車十
三 台(だい)にて。各堀井戸の水を検査(けんさ)の上汲取(うへくみと)りて。戸毎に配与せし
に依り何れも辛うじて一時を凌ぎたりと。
▲水道の攻撃に就て 水道事務所(すいだうじむしよ)に於ける給水の方法其宜しき
を得ずして。消防に大障碍(だいしやうがい)を与(あた)へたりとの攻撃(こうげき)は独り罹災者の
みに止まらず。在留外人(ざいりうぐわいじん)の間(あひだ)にさへ往々其声(わう〳〵そのこゑ)を聞くことゝなれ
り。由来同市の水道(すゐだう)は其設計不完全(そのせつけいふくわんぜん)にして。市民需用の水量さ
へ不足勝(ふそくが)ちなりといふに拘はらず。左して必要(ひつよう)にも逼られざる
接続町村幷(せつぞくちちやうそんならび)に神奈川町辺へも給水し居ることゝて。夏期減水
の儘となりて。殊に昼夜(ちうや)十六時間の断水(だんすい)を為し。朝夕二回の給(きふ)
水(すゐ)も充分(じうぶん)ならず。甚(はなはだ)しきは生活上の用水にさへ差支ふる向も少
なからず。種々(しゆ〴〵)の醜聞さへ洩れて水道事務所は宛然市民(えんぜんしみん)の怨府
となりし折から図らすも大火に逢ひ。いよ〳〵非難の声を高め
たるも道理(だうり)十三日に至りては。罹災者(りさいしや)の飲料水(いんれうすい)さへ皆無となり
言ふべからざる難儀(なんぎ)を与へたり。
▲小林水道主幹の談話 此度(こんど)の大火(だいくわ)に就(つい)て同地 水道(すゐどう)の不結果な
りし次第は前項(ぜんかう)に記したるが。水道事務所主幹小林氏の話に拠
れば左の如し。
水道事務所(すいだうじむしよ)に於て当夜出火(たうやしつくわ)を認めたるは午後九時五分にして。
当時 野毛山(のげやま)の貯水池(ちよすゐち)には。深さ七尺 (一尺十八万ガロン)即(すなは)ち水
量百二十六万ガロンの水あり。依て直ちに福富町の角なる八 吋(インチ)
の消火栓(せうくわせん)を開(ひら)き。九時十二分には雲井町の同栓二ケ所をも開き
更に都橋側に火の拡がりし時は。野毛坂(のげさか)なる十八インチの本
管さへも開きて。盛(さかん)に水を注ぎ火先を玆に喰止むるを得たるな
り。又尾上町。眞砂町。港町馬車道通の各消火栓(かくせうくわせん)をも一時に開
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き。現(げん)に吉田橋際の天麩羅屋天金に飛火したる際の如きは。全
く此の栓によりて消止めたるにて。此間 (十二日午後九時より
翌午前三時)水源より貯水池に注入したる水量は五十一万ガロ
ン、又使用したる水量は。百五万ガロンなれば。貯水池は水深四
尺即と七十二万ガロンに減じたるも。十三日午前七時には新(あら)た
に水源より流入したる水量三十四万ガロンを得たれば。貯水池(ちよすゐち)
に在る水量は実に百六万ガロンとなりたりと。
▲横浜水道引用者の焼失 横浜水道事務所に於て。取調たる処
は左の如し。
共用栓 使用戸数 千七百六十三戸
一戸引水道 六百九十八戸
合計数二千四百六十一戸
●郵便物の無難
福富郵便支局類焼の際は。宿直員八名なりしに依り。総掛(そうがゝ)りに
て。郵便物為替券等(ゆうびんぶつかわせけんとう)を運出し。殊に集配人等(しふはいにんら)は猛火(もうくわ)を潜りて残
らず。ポストを引抜きたれば。更に損害(そんがい)を蒙(かふむ)らず。直ちに桜木
局小包掛分室に移りて発送を開始せり。
●郵便集配人職を全ふす
福富郵便支局集配人山下虎太郎 (廿ニ)は。大火の際郵便物の焼
失を防がん為め。同僚(どうれう)の者と共に。必要書類(ひつえうしよるゐ)の持出(もちだ)しに尽力し
居る内火は同局を。囲(かこ)みたり。虎太郎は尚ほ屈せす。猛火(もうくわ)の内
に飛入(とびい)りて辛(から)うじて。書類箱(しよるゐはこ)を持出し。避難の場所まで運びたる
が。同人は之が為め。面部頭部及び手足に大火傷(おほやけど)をなし。十全
病院に入院(にういん)したりと。
●保険会社の苦難
横浜火災に対する各火災保険会社(かくゝわさいほけんくわいしや)の保険金額(ほけんきんがく)は。前項記載の如
くなり。扨会社にては。一日も早く保険金の受渡(うけわたし)をなし罹災者の