翻刻
【左側上段】
海浜に積(つみ)ありたる稲(いね)の多きは、七十把少なきも二三十把、何づ
れも浪(なみ)の為めに流失(りうしつ)せり。浜手にありたる墓碑(ぼひ)の如き、悉く波
の為めに打(うち)かへされ、西のものは東に、東のものは西に流るゝ
等の有様(ありさま)にて、翌二十九日の如きは関係者(かんけいしや)総出(そうで)にて之を撰り分
け居たり。其他家屋の流失(りうしつ)はなかりしも風のため便所の吹き飛
ばされ、屋根の破損(はそん)せしもの等は、所々に見受けたり、概(がい)して
津川(つがは)に沿ひたる家屋は損害(そんがい)多(おほ)く、中にも土佐缶詰製造所の火焚
場は、浪のため打破(うちやぶ)られ、浮津下町磯田の如きは、浪の侵入(しんにう)三
四回ありたり。又下町石垣の如き大半(たいはん)破壊(はくわい)し、両栄橋下の石垣
も同様(どうやう)、役場下石垣も同断(どうだん)破壊したり。
室津港碇泊の船舶は、昼間(ひるま)より警戒に怠(おこた)りなかりしより被害少
なかりし、然れども夜明に至るまで、篝火或は明松(たいまつ)を掲げて非
常警戒をなしたり。港口(かう〳〵)の西波止場は明治十八年以来あらざる
被害を蒙りたり。大字室津に於ては左したる損害(そんがい)はなけれども
上町通りには所々に被害(ひがい)ありたり、概して言へば今回の激浪(げきらう)は
近年稀有の大浪にて、渡川(わたりがは)に沿ひてある稲田の如き、損害少な
からず、堤防(ていぼう)は幸に出水少なかりしより被害(ひがい)なし。
▲奈半利村 去る二十八日は早朝より天候(てんこう)穏(おだや)かならず、一天黒
雲を漲(みなぎ)らし、西北に飛んで雨脚(うきやく)亦頗る急なりしかば、二百十日
も近ぎたる事とて、人々何れも安き心とてはあらざりしが、午
後五時に至りて果然(くわぜん)東南の暴風起り、同九時暴風倍々甚しく、
波涛(はたう)高(たか)き三丈に及び、岸を越へて陸に上ると亦一町余に及び、
奈半利村(なはりむら)六本松以東加領郷に至る、一里の海岸(かいがん)に散在せる人家
に侵入(しんにう)すると床上約二尺より四尺に及びたる、実に一の小海嘯
なりき、夜は暗く且つ不意(ふい)のこととて、村民の周章狼狽(しうしやうろうばい)は一方な
らず、潮水中(てうすゐちう)老(おひ)を助(たす)け、幼を携へ僅に身を以て免るゝことを得た
り、而して其の被害(ひがい)は左の如し。
【左側下段】
負傷者四人〇牛斃死一頭〇馬負傷一頭〇住家全倒四棟〇住家
大破五棟〇県道決潰百四十四間〇稲田損害一町五反〇汐除決
潰七十二間〇浸水家屋家具一切流失のもの十二棟〇艀漁船の
破損十七艘〇大船破損一艘
●被害後の光景一班
▲高知公園内及び藤並宮の仆れ木 市内近傍に於て風害(ふうがい)の尤も
甚(はなは)だしかりしは、高知公園なるべし、同公園は高知市中央の高
地なるゆゑ、風当の烈しかりし為めにや、園内(えんない)の大樹(だいじゆ)は、大概
倒れ尽くし東西南北何処より見るも、天主閣(てんしゆかく)のあり〳〵と透
き通(とほ)る様になり果て三百年来動きなく一城を守りける鯱鉾(しやちほこ)の北
の一方ホツキと千切(ちぎ)れ、肩身(かたみ)狭く見ゆる事(こと)こそ何となく敢果な
き心地(ここち)ぞせらる。先づ第一に旧西門の跡より入りて熊野神社の
境内(けいだい)に進み鳥居(とりゐ)を越して社殿(しやでん)に近寄れば、三抱へ乃至四抱へも
あらんと思ふ杉の大木或は土際より折れ或は根こぎとなり、又
は中幹(ちうかん)より引き裂かれたるもあり、捻(ね)ぎ切られたるもあり、縦(じう)
横無下(わうむげ)に打ち仆(たほ)れて、拝殿本社屋根(はいでんほんしやゝね)の四隅を打ち砕かれ、扮桁
等の散乱(さんらん)せる様(さま)無惨(むざん)極(きはま)りなし、更らに本社の後ろを見れば、茲
には十数本の大杉(おほすぎ)仆(たほ)れ重(かさな)り仆れ重りて小山の如く、其高さ五六
間往来も亦出来難(まできがた)し、是より北に進みて彼の有名なる獅子梅さ
へも、老幹捻ぢ切れて影も留めす、後ろの方(かた)測候所(そくこうしよ)の下手(しもて)に当
れる処東西の崖辺(かけべ)りに生い立ちにたる大杉(おほすぎ)盡(こと〴〵)く災にかゝり、 無(む)
難(なん)に立てるもの一本だもなし、杉(すぎ)の段(だん)は大木の杉樹(さんじゆ)あるを以て
名ある処高さ数十丈にして、其囲はり一丈余亭々として雲(くも)を凌(しの)
ぎたるもの、苦(く)もなく仆(たほ)れて算(さん)を乱(みだ)し、旧鐘突堂六角堂の附近
今の花信堵(くわしんたう)東方にありし松の木は、園内唯一の大樹(たいじゆ)にて、龍麟(りうりん)
堆(たか)く古色をあらはし居けるが、此れまた根元よりホツキと折れ
て杉の段に落ちかゝれり。追手筋(おほてすじ)に出れば、右手の堤下(ていか)に立て