翻刻
大坂表文音の書抜〇九月廿八日夜地震いりて平野ばし箒町堺ばし
筋大ゐに崩れ此辺人多く損し候よし又尾州名古屋遠州濱まつも
城下少〻やける右は同時ぢしんありしよし伝へ申候
江戸芝居町焼失の中にて残り候分役者宅は坂東しうか忰吉弥中村
福助市村羽左衛門森田勘弥尾上菊次郎其外茶屋二三げん残る
一土蔵大崩の分六万五千七百余同少しいたみの分八万七千二百余
同焼失の分数しれず
一死亡の者十三万二千四百人余けか人十万千余人外科のりうじ
に通ふもの三万千二百余人
一新吉原死亡の者千四百三十余人けが人二千三百余人なり
【これより二行三段の表、右上から左下へ】
浅草観世音におゐて
十一月朔日ゟ四日迄大せかき
増上寺大せがき本所
回向院にて回向有之
西本願寺におひて
大せがき有之
東本願寺におゐて
大せかき有之
木屋九兵衛回向院にて
十月十九日ゟ十一月廿一日迄せかき
其外諸宗旨にて
大せかき有之候
【シール、横書き】
地震研究所
受入番号 1842
日付 Nov,11,1926
部門 地
番号19(箱3)