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翻刻
安政五年二月廿五日 西
《割書:聞|書》細見大阪大火 《割書:渡|篇》本しらべ
国みやげ渡
の心得
安政五午年二月廿五日午 一上(ノ下)刻ゟ太左衛門はし
南詰 《ルビ:辺ゟ出火|角ノ芝居ゟ也》此日長閑にして風少しもなく
然ルにふしぎや魔風吹来り其火またゝく内
芝居のこらずやける夫ゟ嶋之内へ飛火又西高
津新地へ飛火尤追々風致相成又夜に入
北東風吹なんば新地ゟなんは辺迄焼込
火口凡二十余ケ所となる翌廿六日 卯(う)中刻
漸々火鎮り申候《割書:道場五ケ所|火事ぐるりまはり一里》 《箱:北》
一土蔵火入二十三ケ所
一家数凡千五百余軒
一かまど数凡弐千七百五拾余
かゝる大火なれども死 人(八人)けが人十五人云々
此外当正月ゟ二月下旬迄所々小出火左之通
上町 天満辺同堀川中嶋おばせ川西あわ
ざ土はし其外小火事数しれず
地震(じしん)
廿五日夜丑之上刻未火も致敷内ぢしんゆり
出し大坂にては損家も聞す然れども
近在丑寅には十四ケ所もくずれ尤北東国は
甚大ゆりなり翌廿六日昼七ツ時又々ゆり
いだしゆりかへし有東国は甚大ゆりのよし
【図】
てつげん寺のこる なんば村 畑 町家 ふか里
土はし しん川
なんばじんち
見世もの小家
沢山なれども
のこらず
やける 大黒
戎
又相生丁 相生丁 中すじ 大西
南 竹林寺 法ぜん寺 金ひら 中
千日のこる 太左衛門
妙見 角 相生
ひげそり 天神 さか丁うら さか丁 しばいうら 若大夫 竹田
五丁目 四丁目 三丁目 二丁目 一丁目 日本はし
くろ門すじ かぢや丁
すへひろはし 吉田はし 御よつはし わたや丁
とうとんほり川すじ
かねすじ 中すじ みぞのかは ひのうへ 下大和はし
東
正月四日夜寅上刻はくろ町いなり芝居
小や近辺ゟ出火火の手烈敷翌五日朝五ツ時火鎮ル
【図】
じゆんけい丁
しんさいはし通 御とうすじ 南 さのやはし わたなべすじ
はくろ丁
東 いなり 西
南久ほうじ丁
北