翻刻
【右丁 絵図】
笄橋(かうがいはし)
【左丁】
土民(とみんの)云(いふ)此地(このち)は往古(そのかみ)渋谷重國(しふやしけくに)旧舘(きうくわん)の跡(あと)とも又は冨民(ふみん)慶福(けいふく)といひ
しものゝ住(すみ)し跡(あと)なりともいへり
普陀山(ふたさん)長谷寺(ちやうこくし) 同所にあり曹洞派(さうとうは)の禪窟(せんくつ)にして江戸檀林(えとたんりん)の一 室(しつ)
なり野州(やしう)冨田(とんた)の大中寺(たいちゆうし)に属(そく)す本尊(ほんそん)十一 面観音(めんくわんおん)の像(さう)は和州(わしう)長谷(はせ)
寺(てら)の観音(くわんおん)の摸形(うつし)にして立像(りふさう)二丈六尺あり御首(みくし)の中(なか)に御丈(みたけ)四寸の
十一 面観音(めんくわんおん)の霊像(れいさう)を安置(あんち)す則(すなはち)和州(わしう)長谷寺(ちやうこくし)の本尊(ほんそん)と同木の樟(くすのき)に
して同作(おなしさく)なりといへり開山(かいさん)は門庵宗關和尚(もんあんそうくわんおしやう)たり當寺(たうし)昔(むかし)は赤坂(あかさか)
溜池(ためいけ)の上(うへ)にありて龍雲院(りやううんゐん)といひしを天正(てんしやう)十二年甲申 此地(このち)に
移(うつ)し寺号(しかう)をも改(あらた)むるといへり《割書:或人(あるひと)云(いふ)當寺(たうし)昔(むかし)は山口氏重政(やまくちうちしけまさ)の開基(かいき)にして|青山(あをやま)のやしき中(うち)に建立(こんりふ)し母堂(ほたう)龍雲院(りやううんゐん)の》
《割書:号(かう)を寺号(しかう)とし山口家(やまくちけ)の香花院(かうけゐん)たりしとなりされと|其後(そのゝち)故(ゆゑ)ありて離檀(りたん)ありし由(よし)其家(そのいへ)の記録(きろく)にみゆるといへり》
古佛倉(こふつくら) 《割書:本堂(ほんたう)の右にあり希世(きせい)の靈佛(れいふつ)灵神(れいしん)の像(さう)を安(あん)して庫中(こちゆう)に充満(じうまん)せり此(この)|地(ち)の住人(ちゆうにん)鶴見内蔵助秀治(つるみくらのすけひではる)といふ人 當寺(たうし)へ納(をさむ)る所にしてすへて百四十》
《割書:一 躰(たい)ありと云 世(よ)に渋谷長者(しぶやちやうしや)|といふは是(これ)なりとそ》
當寺(たうし)境内(けいたい)は古杉(こさん)老松(らうしよう)蓊欝(おううつ)として常(つね)に寂々(せき〳〵)寥々(りやう〳〵)たれは座禪(させん)