← 前のページ
ページ 1 / 1
次のページ →
翻刻
嘉永七寅年四月六日京都出火の事
禁裏御所の北方大官御所の下官より出火致午の
上刻より辰巳風つよく内裏に火うつり諸御てん内休所
紫宸殿等一時にもへ立此火御公家衆の御館にかかり
北方は今出川通迄二条様残近衛様表門へ火うつり候処
薩列御手勢にて宜防候ゆへ御殿のこる依之北方は今出川
通東は仙洞御所寺町より西千本通迄此町数共六丁
御公家衆方《割書:数間多きゆへ|しるしがたし》御花畠閑院宮椹木丁通り丸亀
御やしき類焼今日諸御大名方御手勢を以火を消候へども
火勢強く水戸様仙台其外備前様淀稲葉様丹羽
左原様其外御大名やしき共六軒類焼此日御大消相働
候へ共何分大火にて六日の一夜焼通し二条御城所司代
御やしき向迄焼其中には堀川通姫路御やしきの北にて火
止り翌七日に猶西方へ火うつり此間の武家方あまた類
焼右六日より七日の末刻に火しづまり申候家数一万三
千石百軒類焼前代未聞の大火にてあらましを書印申候