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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 3

唐詩選画本, [七編]5巻 - 翻刻

唐詩選画本, [七編]5巻 - ページ 26

ページ: 26

翻刻

 奉(たてまつる)_レ和(わし)_三初春(しよしゆん)幸(みゆきするを)_二太平公主南荘(たいへいこうしゆのなんさうに)_一  応制(をうせい)     蘇頲(そてい) 主第山門(しゆだいさんもん)起(おこる)_二灞川(はせんに)_一。宸遊風景(しんゆうふうけい)入(いる)_二 初年(しよねんに)_一。鳳皇楼下(ほうわうろうか)交(まじへ)_二 天仗(てんぢやうを)_一。烏鵲橋(うじやくけう) 頭(とう)敞(あきらかなり)_二御筵(ぎよえん)_一。往二花間(わう〳〵くわかん)逢(あふ)_二綵石(さいせきに)_一。時(じ) 二(じ)竹裏(ちくり)見(みる)_二紅泉(こうせんを)_一。今朝扈蹕平陽(こんてうこひつすへいやう) 館(くわん)。不(ず)_レ羨(うらやま)乗(のりしを)_二槎雲漢辺(いかだにうんかんのへんに)_一。 公主(こうしゆ)は則天皇后(そくてんくわうごう)の生(うみ)し所(ところ)諸公主(しよこうしゆ)にまさり御/寵愛(ちようあい)睿宗即位(えいそうそくゐ)の後(のち)公主(こうしゆ)の権威(けんゐ) 天下(てんか)に震(ふる)ひたり玄宗(げんそう)の時(とき)謀反(むほん)を起(おこ)し自滅(じめつ)を命(めい)ぜらる公主(こうしゆ)の第舎(しもやしき)山(やま)の麓(ふもと)の 門(もん)灞川(はせん)のそばに起(たち)てある睿宗(えいそう)の宸遊(みゆき)の時(とき)風景(ふうけい)も初春(しよしゆん)に入(いり)しゆゑ一(ひと)しほ面白(おもしろ)く あり年(とし)の字(じ)春(はる)にかへてみるべし鳳皇楼(ほうわうろう)と云(いふ)べききれいなる楼(たかどの)に御幸(みゆき)有(ある)ゆゑ 其下(そのした)には天仗(てんじやう)多(おほ)くの弓矢(ゆみや)鎗矛(やりほこ)品々(しな〴〵)交(まじ)へならべかためをする鳳皇(ほうわう)に秦(しん)の弄玉(ろうぎよく) を含(ふくみ)烏鵲(うじやく)のならび居(ゐ)るやうな橋(はし)のあたりに御筵(おざしき)が敞(あきらかに)きらびやかにみゆる烏鵲(うじやく) に天河(てんが)の織女(しよくぢよ)のことを含(ふくん)だ御 庭(には)をみれば往々(ところ〴〵)花(はな)の植(うゑ)ごみの間(あいだ)に五綵(ごさい)の石(いし)がすゑて あるとけしき凡(ぼん)ならぬを云/綵石(さいせき)は穆天子伝(ぼくてんしでん)の字(じ)なれとも織女(しよくぢよ)の支機(しき)石を含(ふくん)だ やうにある時々(ちよつ〳〵と)みれば竹(たけ)のしげみから紅(くれない)の泉(いづみ)が流(なが)れ来(く)る文選(もんぜん)の註(ちう)に紅泉(こうせん)は水(みづ)が砂(いさご)の 中(うち)より流(なが)るゝゆゑ其色(そのいろ)紅(くれない)となる今朝(こんてう)扈蹕(おとも)して参(まゐ)る処は漢(かん)の武帝(ぶてい)の姉君(あねぎみ)平陽公(へいやうこう) 主(しゆ)の館(やかた)で有(ある)やうな睿宗(えいそう)の伯母(をば)ゆゑ取用(とりもちひ)たこゝは容易(ようい)に来(く)ることはならぬゆゑ昔(むかし)槎(いかだ) に乗(じよう)じ雲漢(あまのがは)の辺(ほとり)に行(ゆき)しも羨(うらやま)しくは思(おもは)ぬ

現代語訳

初春に太平公主の南荘への御幸に和して奉る 応制 蘇頲 公主の屋敷の山門が灞川のほとりに建ち立っている。天子の遊覧と風景が初春の季節に入った。鳳凰楼の下では天子の護衛の武器が交じり合い、烏鵲橋の頭上では御座所が明らかに輝いている。庭を見渡せば、花々の間に美しい石が置かれ、時折竹林の中から紅い泉が見える。今朝は平陽館にお供して参上した。昔、筏に乗って天の川のほとりに行ったことも羨ましくは思わない。 【解説】 太平公主は則天皇后が生んだ娘で、諸公主の中でも特に寵愛を受けた。睿宗即位後、公主の権威は天下に震い響いた。玄宗の時代に謀反を起こし、自滅を命じられた。公主の邸宅は山麓の門が灞川のそばに建っている。睿宗の御幸の時、風景も初春に入ったので一層美しく見えた。鳳凰楼という美麗な高殿に御幸があるため、その下では天子の護衛の弓矢や槍矛など様々な武器が交じり並べて警護している。烏鵲が並んでいるような橋のあたりに御座所が明らかに輝いて見える。御庭を見れば、所々花の植え込みの間に五色の石が据えてあり、景色が尋常でないことを表している。時々見ると竹の茂みから紅い泉が流れてくる。今朝お供して参る所は、漢の武帝の姉君である平陽公主の館のようで、睿宗の伯母にあたるため、この表現を用いた。ここは容易に来ることができない場所であるため、昔筏に乗って天の川のほとりに行ったことも羨ましくは思わない。

英語訳

Respectfully Harmonizing with the Early Spring Imperial Visit to Princess Taiping's Southern Villa Written by Imperial Command - Su Ting The mountain gate of the princess's mansion rises beside the Ba River. The imperial excursion and scenery enter the early spring season. Below the Phoenix Tower, the imperial guards' weapons are arrayed in formation. Above the Magpie Bridge, the imperial pavilion shines clearly. Looking at the garden, colorful stones are encountered among the flowers, and from time to time, red springs are seen within the bamboo groves. This morning I attend at the Pingyang Hall. I do not envy those who once rode rafts to the edge of the Milky Way. [Commentary] Princess Taiping was born to Empress Wu Zetian and received special favor among all the princesses. After Emperor Ruizong's accession, the princess's authority shook the entire realm. During Emperor Xuanzong's time, she instigated a rebellion and was ordered to destroy herself. The princess's residence has its mountain gate built beside the Ba River. During Emperor Ruizong's imperial visit, the scenery was particularly beautiful as it entered early spring. Because there was an imperial visit to the magnificent Phoenix Tower, various weapons including bows, arrows, spears, and halberds were arranged below for protection. The imperial pavilion appears brilliantly around the bridge where magpies seem to perch. Looking at the imperial garden, five-colored stones are placed among the flower plantings everywhere, indicating the extraordinary nature of the scenery. Occasionally, red springs flow from the bamboo thickets. The place we attend this morning is like the hall of Princess Pingyang, sister of Emperor Wu of Han - this reference is used because she was Emperor Ruizong's aunt. Since this is not a place one can easily visit, I do not envy those who once rode rafts to the edge of the Milky Way.