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コレクション: 地誌・郷土資料

新編武蔵風土記稿 豊島郡之10〜11,葛飾郡之1〜5 - 翻刻

新編武蔵風土記稿 豊島郡之10〜11,葛飾郡之1〜5 - ページ 90

ページ: 90

翻刻

【必要な部分だけやってます。全然終わってません】 御殿跡《割書:葛西城蹟附 西青戸の内にて今|杉林となりけれと猶補数九畝の》 《割書:貢税を除かれて遺蹟を残さしめらる当|》 《割書:時は構も広かりしと見えて今も四辺に|》 《割書:上に載する大手以下の地名所々に残れ|》 《割書:り此御殿は東照宮以来御遊猟の時御憩|》 《割書:息の所とせられしなれと元是鎌倉将軍|》 《割書:時代より要害を構て世々割拠せし所な|》 《割書:り相伝ふ当寺青砥左衛門藤綱居住すと然れとも藤綱は上総国青砥庄を領して在|》 《割書:名を名乗しと云は当所はその領地にて宿館なとを建し処にて常の居所にはあらさ|》 《割書:るへし小田原記に遠山丹波守は葛西城を守れりとあるは当所の事ならん又役帳|》 《割書:に遠山弥九郎葛西城に付知行役御免とあれはかく々々北条番手の城なりしこと|》 《割書:知へし其後も猶存せしと見ゆ村民所蔵の記に慶長年中東照宮青戸古城に渡御有|》 《割書:て百姓藤右衛門を召御殿番役を命せられしとあり又寛永日記に十八年正月廿五|》 《割書:日大猷院殿御遊の時新宿近所大戸古城御殿に渡せられ隅田川に至り給ふと云又|》 《割書:村の記に明る十九年古城残なく廃却せられ跡に御殿を建らるとあり想に御入国|》 《割書:後有来れる砦を修せられて古城御殿なと唱へしをこゝに至て新に殿作に改させ|》 《割書:られしならん或書に慶安二年三月七日荒川七兵衛主水五兵衛二人葛西御殿奉行|》 《割書:に命せらると云々正保の国図に当村の所に御殿と記せりされは此の頃まて猶御殿|》 《割書:の存せしこと知らる其後明暦三年に御殿を廃せられて其跡は大抵陸田となり今|》 《割書:□に御坐所の跡のみを存せり後貞享五|》 《割書:年四月巡見使に書出せしと云絵図あり|》 《割書:其図を載せたれは照し|》 《割書:見て当時を想像すへし|》 旧家茂右衛門《割書:山崎を氏とす先祖は青|砥左衛門に仕しものと》 《割書:云左衛門か所持せし山葵おろしなりと|て家に蔵せり其さま竹にて鋸刃の如き》 《割書:ものを作り是を箱の上に並へ建り此竹|はいと古色に見ゆれと箱は数百年を経》 《割書:しものとも見えす中古修復せしものな|るへし何れも伝来の真偽はしはらく置て》 《割書:古製の質僕?なる物な|れは其図を上に載す》○同亀五郎《割書:清水を|氏とす》 《割書:是も藤綱に仕へし家なりと云家記を閲|するに天文七年北条氏康父子生■》 《割書:義明と下総国国府台合戦両軍市川を隔|て陣しける時北条方より進出志水上野》