東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 1

日光山志 - 翻刻

日光山志 - ページ 187

ページ: 187

翻刻

【右丁】  所(ところ)に草創(さう〳〵)せられ日輪寺(にちりんじ)と名附(なづけ)給ひし由(よし)兹(こゝ)も南 岸(がん)なり 上野島(かうづけしま) 此地(このち)は中禅寺(ちゆうぜんじ)別所(べつしよ)の邊(へん)の湖岸(こがん)より望(のぞ)むに湖中(こちゆう)に浮(うか)み出(いで)  たる如(ごと)く見(み)ゆる島(しま)なり竒石(きせき)珍木(ちんぼく)多(おほ)しといふ勝道上人(しようだうしやうにん)の遺骨(ゆゐこつ)を納(をさめ)し  碑石(ひせき)あり其(その)うしろに慈眼大師(じげんだいし)の遺骨(ゆゐこつ)を納(をさめ)し塔(たふ)あり仍(よつ)て此邊(このへん)舩禅(ふなぜん)  頂(ぢやう)の拝所(はいしよ)なり 千手﨑(せんじゆがさき) 此地(このち)は中禅寺(ちゆうぜんじ)より西 寄(より)の湖岸(こがん)なり傳(つた)へいふ勝道上人(しようだうしやうにん)延暦  三年四月廿日 湖上(こしやう)にして金色(こんじき)の千光眼(せんくわうがん)の影向(やうがう)を拝(はい)し給ひしゆゑ  爰(こゝ)に千手大士(せんじゆだいし)を創建(さうこん)し玉ひ補陀洛山(ふだらくせん)千手院(せんじゆゐん)と名附(なづけ)給ふといふ其後(そのゝち)  弘法大師(こうぼふだいし)登山(とうざん)の时(とき)此地(このち)に來(きた)り千光眼(せんくわうがん)を礼拝(らいはい)して補陀洛山(ふだらくせん)発心(ほつしん)  檀門(だんもん)といふ額(がく)を書(かき)給ひ堂宇(だうう)に掲(かゝげ)たるをいつの頃(ころ)にか㙒火(のび)に罹(かゝ)り  焦土(せうど)と成(なり)しを文政二年の春(はる)一山(いつさん)の法門院(ほふもんゐん)上人職(しやうにんしよく)なりし时(とき)に発願(ほつぐわん)  に依(より)て補陀洛山(ふだらくせん)発心檀門(ほつしんだんもん)の額字(かくじ)當(たう) 【左丁】  御門主公猷大王 御筆(おんふで)を染(そめ)させ給ふといふ 千手原(せんじゆがはら) 是(これ)は千手﨑(せんじゆがさき)より續(つゞ)き赤沼原(あかぬがはら)の南西によれり廣(ひろ)さ凢(およそ)一里  半 餘(よ)も有(あり)ける由(よし)兹(こゝ)は徃反(わうへん)する處(ところ)にあらねば知(し)れるものすくなし  千手(せんじゆ)かんひと称(しよう)する草花(さうくわ)の名産(めいさん)を生(しやう)ず 千手砂利(せんじゆのしやり) 是(これ)は千手﨑(せんじゆがさき)の出﨑(でさき)にあり真白(ましろ)にて舎利石(しやりせき)の如(ごと)し或(あるひ)は  千手石(せんじゆせき)とも唱(とな)ふ 千手清水(せんじゆのしみづ) 千手堂(せんじゆだう)の後山(うしろやま)より流出(ながれいづ)る清水(しみづ)なり 菖蒲沼(あやめがぬま) 南 湖(こ)の北 寄(より)の入江(いりえ)をいふ爰(こゝ)の北 涯(がい)に殺生禁断(せつしやうきんだん)の碑(ひ)あり  是(これ)より北西南を境(さかひ)とす 赤岩(あかいは) 南 湖(こ)の北 涯(がい)にあり 白岩(しろいは) 南 湖(こ)西 寄(より)の湖岸(こがん)にあり 瑠璃壷(るりがつぼ) 菖蒲沼(あやめがぬま)の邊(へん)より北の山中(さんちゆう)に洞窟(どうくつ)あり縁起(えんぎ)にいふ勝道上人(しようだうしやうにん)  の遺骨(ゆゐこつ)を此(この)窟中(くつちゆう)に納(をさ)むとあり 龍頭滝(りうづかたき) 是(これ)は湯瀧(ゆのたき)の下流(かりう)なり路傍(ろばう)より望見(のそみみ)る时(とき)は水㔟(すゐせい)おのづから

現代語訳

【右丁】 所に草創され日輪寺と名付けられた由来である。ここも南岸にある。 上野島 この地は中禅寺別所の辺りの湖岸から望むと、湖中に浮かび出たように見える島である。奇石や珍木が多いという。勝道上人の遺骨を納めた碑石があり、その後ろに慈眼大師の遺骨を納めた塔がある。そのためこの辺りは舩禅頂の拝所である。 千手崎 この地は中禅寺より西寄りの湖岸である。伝え言うには、勝道上人が延暦三年四月二十日、湖上において金色の千光眼の影向を拝されたため、ここに千手大士を創建され、補陀洛山千手院と名付けられたという。その後、弘法大師が登山の時、この地に来て千光眼を礼拝し、補陀洛山発心檀門という額を書かれ、堂宇に掲げたが、いつの頃か野火にかかって焦土となった。文政二年の春、一山の法門院上人職であった時に発願により、補陀洛山発心檀門の額字を当 【左丁】 御門主公猷大王が御筆を染められたという。 千手原 これは千手崎より続き、赤沼原の南西に寄っている。広さはおよそ一里半余もあった由来である。ここは往復する所ではないので知る者は少ない。千手かんひとと称する草花の名産を生ずる。 千手砂利 これは千手崎の出崎にあり、真白で舎利石のようである。あるいは千手石とも唱える。千手清水 千手堂の後山より流れ出る清水である。 菖蒲沼 南湖の北寄りの入江をいう。ここの北涯に殺生禁断の碑がある。これより北西南を境界とする。 赤岩 南湖の北涯にある。白岩 南湖西寄りの湖岸にある。 瑠璃壷 菖蒲沼の辺りより北の山中に洞窟がある。縁起には勝道上人の遺骨をこの窟中に納めるとある。 龍頭滝 これは湯滝の下流である。路傍より望見する時は、水勢が自ずから

英語訳

【Right Page】 It was founded at this location and named Nichiirinji Temple. This is also on the southern shore. Kozuke Island: This location appears as an island floating in the lake when viewed from the lakeshore near Chuzenji Bessho. It is said to have many rare stones and precious trees. There is a stone monument containing the remains of Saint Shodo, and behind it stands a pagoda containing the remains of Great Master Jigen. Therefore, this area serves as a place of worship for Funazen Peak. Senju-saki: This location is on the western lakeshore from Chuzenji. According to tradition, Saint Shodo saw a golden manifestation of the Thousand-Eyed One (Senkogan) over the lake on April 20th, Enryaku 3 (784). Therefore, he established Senju Daishi here and named it Fudarakusan Senju-in. Later, when Great Master Kukai climbed the mountain, he came to this place, worshipped the Thousand-Eyed One, and wrote a tablet inscription "Fudarakusan Hosshin Danmon," which was hung in the temple hall. At some point it was consumed by wildfire and turned to scorched earth. In the spring of Bunsei 2 (1819), when the head priest of Homonin served the entire mountain, by his vow the tablet inscription "Fudarakusan Hosshin Danmon" was 【Left Page】 written by His Highness Monzhu Koyu with his own brush, it is said. Senju-hara: This continues from Senju-saki and extends to the southwest of Akanuma-hara. Its width was approximately one and a half ri or more. Since this is not a place people regularly traverse, few know of it. It produces famous grasses and flowers called "senju kanhito." Senju Gravel: This is located at the cape of Senju-saki, pure white like shari stones. It is also called Senju stones. Senju Spring: Clear water flowing from the mountain behind Senju Hall. Ayame Swamp: This refers to an inlet on the northern side of the southern lake. On the northern edge here stands a monument prohibiting the taking of life. From here, north, west, and south form the boundary. Red Rock: Located on the northern edge of the southern lake. White Rock: Located on the western lakeshore of the southern lake. Ruri-tsubo: There is a cave in the mountains north of Ayame Swamp. The origin story states that Saint Shodo's remains are interred in this cave. Ryuzu Falls: This is downstream from Yu Falls. When viewed from the roadside, the water's force naturally