翻刻
陸(りく)‐績(せき) 懐(ふところにして)_レ橘(たちばなを)遺(おくる)_レ母(はゝに)
陸(りく)‾績(せき)字(あざな)は公(こう)‾紀(き)は。三(さん)‾国(ごく)の時(とき)。呉(ご)の孫(そん)‾権(けん)につかへし人(ひと)なり。博学(はくがく)多(た)‾
識(しき)にして。星(せい)歴(れき)算(さん)‾数(すう)をも兼(かね)_通(つう)じたり。はじめ六(ろく)‾歳(さい)の時(とき)九(きう)‾江(こう)郡(ぐん)
といふ所(ところ)なる。袁術(えんじゆつ)とて。当(その)_時(ころ)威(ゐ)‾勢(せい)あるものゝ方(かた)へ行(ゆき)けるに。橘(たちばな)を出(いだ)
しもてなしければ。陸(りく)‾績(せき)ひそかに三(み)‾枚(つ)を懐(ふところ)にす。帰(かへ)る時(とき)。腰(こし)をかゞ
め礼(れい)‾拝(はい)するとて。地(した)におとせり。袁(えん)‾術(じゆつ)これを見(み)て。貴(き)‾方(かた)は賓(ひん)‾客(かく)とな
りて。いかにかく尾(び)‾籠(ろう)の事をし給ふとはずかしめければ。陸(りく)‾績(せき)
跪(ひさまづき)て。児(わ)が為(ため)に出(いだ)し給(たま)ふ珍(ちん)‾果(くわ)を。むげにくらはん事をしみ。持(もち)
がへり。母(はゝ)におくらんと存(ぞん)してなりと。をとなしくこたへければ。袁(ゑん)
術(じゆつ)をはじめ。満(まん)‾座(ざ)の人(ひと)_々(〳〵)幼(をさな)きものゝ。孝(かう)を含(ふく)んで。其(その)ことわりを
述(のべ)。且(かつ)長(ちやう)‾者(しや)に対(たい)するの礼(れい)を知(しり)て。跪(ひさまづ)き答(こた)ふる。其(その)孝悌(かうてい)の天(てん)‾性(せい)な
る事(こと)を感(かん)じけり。さればこそ千(せん)‾載(ざい)の後(のち)までも。孝(かう)‾子(し)の名(な)を施(し)しける