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一中国筋海上ニて大船小船数艘破船いたし船人往来之旅
人類数多溺死いたし候由船中ニて被及聞候由
一所々湊ニて潰家及見殊ニ播州明石領分之湊にてニて芝居
小屋倒居候を及見被申候由
右之通承り申候尤御国元より乗船候儀ニて陸路之儀ハ慥ニ
存不被申候由被申聞候筑州様御飛脚ニ承候処長門下の
関湊ニて大船四十艘余も破船いたし人数百人程溺死
いたし候由小倉之儀及御聞有之候へ共委しくハ御咄無御座候
豊後杵築御領分七月風雨前は米一升五十弐文位之所
次第ニ相場上り御出立前にハ八拾文位ニ相成候由被申候
右之通承合申候ニ付此段奉申上候已上
文政十戊子年八月廿七日 問屋
中国路風損 以下△印迄大塚與六郎より見せ候書付也
一小倉様御国八月九日夕ゟ辰巳之風強く子刻前東風ニ吹
替り爆風次第ニ烈敷寅刻ゟ南風と相成厳敷事空
中ニ火の玉飛めくり御城高塀堀へ向ケ吹落候御高櫓
馬かへしニ成其外土蔵大損し瓦等吹上御城内松杦之類
倒木多く漸無事成ハ枝悉く折誠ニ杭を立るかことく
大破損場所多く御家中方数百軒程微塵ニ空へ吹天む
ら〳〵と飛めくる方半時斗卯刻ニ至り漸吹鎮り凡一時斗之
処歩行も難成子供老年之者即死多し町家板屋藁屋之
類は吹取餘は無別条湊ニもやい候大舟小舟悉く陸へ吹