翻刻
武田信玄へ仕え納戸役相勤め甲州
没落之後
透公様へ御奉公仕り候処多湖へ御所替え之
節病身ニ罷り成り御供仕り難く願い之上
御暇下し置かれ候事
一年月不詳高遠ニ於いて
道義様へ召し出され大坂御陣ニも御供仕り
落城之後
道義様大坂 御城守御勤め遊ばされ候ニ付き
御供仕り相勤め候事
一元和三巳年十一月
土津様高遠へ初めて 御下向遊ばされ候節
御家中一同御迎え之為みろく松葉と申す所迄
罷り出で御供ニて御帰り候処直ニ
土津様御人始めニ御附き成られ候ニ付き御部屋
南曲輪と申す所ニて御奉公相勤め其後弐拾石
下し置かれ遠州へ榑木(くれき)御目付仰せ付けられ
勿論くれ木之御金等迄取立仕り候事
一寛永十三子年七月相州最上
御拝領遊ばされ候節保科民部ニ差し添えられ