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別記洪水之部に出す如く天明度之通御普請
奉行定詰に而指揮取計軽きは見廻り役
掛り之面々人夫之差配尽力勉励為致事に候処
当十六年之季候に記す如く長々旱天之
折柄右上水口之上におゐて川北之者堰留仍而
福井市中食水之困難且芝原用水筋田
畑之旱魃不容易儀に付而は夫々歎情を訴
出尤先方へも種々掛合といへとも和談不調
旧来上水口之有無証拠物を出すべしと沙
汰有たる由
右は他之事と違ひ証拠の有無を論すへき
事にはあらずと思へり慶長之際一国一城の要
害にて有名之軍師築きたる水路方に福嶋
公も感せられし程の上水殊に御減禄に成て追々
同藩之諸侯領分入交りに成ても川筋之事は
公領他領に不限悉皆福井之支配にて御水主
方記録を以取扱于今古老存生之者も有之
判然たる事也
又川北丸岡領は度々不法之儀申立争論有之
候処嘉永四年辛亥年九月之両片聾之記写