翻刻
東都両国橋(たうとりやうこくはし)は万治(まんぢ)二年 一梅斎
に始(はじ)めて架(かけ)られしよし物(もの)に 芳晴画
見ゆ夫(それ)より架替(かけかへ)のたび毎(ごと)
高年(かうねん)にして夫婦揃(ふうふそろ)ひたる人
を擇(えら)び渡(わた)り初(ぞめ)をさせらるゝ
事|例(れい)なるよし這回安政(このたびあんせい)二
乙卯年十一月廿三日|架(かけ)かへに
因(よつ)て渡(わた)り初(ぞめ)なせしは酒肆(さかや)に
て家内三夫婦(かないみふうふ)ありとぞ
父弥左衛門《割書:八十|五》妻まさ《割書:六十|八》子惣
兵衛《割書:四十|七》妻なほ《割書:四十|五》孫三蔵《割書:二十|六》
妻いと《割書:二十|三》同大蔵《割書:十五| 》同かめ《割書:十二| 》
㐂栄之助《割書:七| 》同しげ《割書:四| 》同うん《割書:当|才》
となん聞(きこ)えしこの事(こと)すみて
各打寄祝酒(おの〳〵うちよりしゆくしゆ)を酌(くみ)かはす図(づ)を
この所(ところ)に掲(かゝ)げ出(いだ)したり