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コレクション: 松平文庫

温古集 一巻 - 翻刻

温古集 一巻 - ページ 58

ページ: 58

翻刻

【右頁】  にて渡船を扱ふ 御一新之際白川村と改称  渡舟も止みて橋と成  白鬼女川と云はいつの頃にや有けん平泉寺  之僧にけさふしけふ女の此川へ身を投て  後白鬼女となりて此渡りに住しより川の名と  なりぬと云伝ふ又白鬼渡りとも云へり昔も  橋の有しや宗祇法師廻国之紀しらきとの  橋里人に問へとも答へされは   里の名もいさしらきとの橋柱    立よりとへは浪そこたふる 【左頁】 一白山は養老六年八月泰澄大師  勅を請て開かれし越前五山の第一なり  右由来は名蹟考其外之書にも有し故略之  然るに加賀の国の由申立度々争論有之  終に寛文八年 光通公御代 公辺ゟ御裁許  有之牛首郷十八ヶ村之内尾添荒谷二ヶ村之  為易【替】地江州海津之内を加州藩へ被下白山は           《割書:|社領二百石御朱印被下》  総而平泉寺玄成院古来之通別当職相勤  牛首郷は白山麓と称し越前国御代官所