← 前のページ
ページ 60 / 100
次のページ →
翻刻
【右頁】
白山并麓十八ヶ村の山林悉く往古より
加州之地にて越前加賀両国の経界は
大日峠谷峠の峰を限り従夫白山
字別山に至り別帋図面之通に有之由
郡界も則今中野川と申川を以て能美
石川両郡の経界と相立候へとも右は寛文
以来の事にて往古は見月谷川を両郡の
経界と致し候故白山の山中より尾添村に
至り石川郡味智郷に属し牛首谷
西谷之諸村の地は悉く能美郡山上郷に
【左頁】
属し中古郷名廃し候後は十八ヶ村共山内
庄と唱へ申由に候右村落越前の管轄
と相成候起源は長享年中加賀国内賊徒
蜂起し国主富樫政親を殺し領内悉く
横領する事数拾年然る処天正の初越前
ノ国主柴田勝家其甥佐久間盛政をして
加越の境谷峠を踰て石川郡吉野村まて
両度出撃せしむ此時牛首谷西谷の
諸邑十六ヶ村は盛政の武略に服し越前へ
年貢す尾添荒谷等は服せさる故に村