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コレクション: アジアの映画関連資料アーカイブ

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(二) 大正十年十二月三十日発行 デンキカン・ニユース 第百五十五号 【右頁上段 写真のみ】 【右頁中段】     パテーロリン映画    都育ちの西部者  二巻   "AN EASTERN WESTERNER"      役割  監督…………………………ハル、ローチ  原作…………………フランク、テツリー  撮影……………ウオルター、ランデイン 青年………………………ハロルド、ロイド氏 少女……………ミルドレツド、デーヴイス嬢 粗暴漢………………………ノーア、ヤング氏     チエスター映画    猿のハート張り  二巻    A TREY FULL TROUBLE"      役割  原作……ウイリアム、エス、キヤンベル  監督……ウイリアム、エス、キヤンベル  主演………………………(名猿)スヌーキ 【右頁下段】   パラマウント、アートクラフト映画    目醒時計  五巻    "ALARM CLOCK ANDY"      役割  原作…………アグネス、ジヨンストン  監督……………ジエローム、ストーム  総監督……トーマス、エツチ、インス アンドリユー、グレー   ……………………チヤールス、レイ氏 ウイリム、ブリンカー   …………………ヂヨージ、ウエツブ氏 ドロシー、ウエルス   …………ミリセント、フイツシヤー嬢 ウエルス氏……………トーマス、ガイス氏 ドツヂ夫人…アンドリユー、ロブスン夫人     フオツクス、サンシヤイン映画    ライオン列車  二巻   ROARING LION IN MIDNIGHT   EXPRESS"      役割 新婚の夫婦 ……………ヒユー、フエイ氏       …………シルヴイア、デー嬢 男………………………ビリー、リツチー氏    フアースト、ナシヨナル映画    ノラクラ  二巻    THE LDLE CLASS      役割  監督………チヤーリー、チヤツプリン 宿無し男 ぼんやり亭主 二役 ………………チヤーリー、チヤツプリン氏 其の妻…………エドナ、パーヴイアンス嬢 怒つた父親…………マツク、スウエイン氏 【中央】 《割書:旬刊|雑誌》キネマ旬報《割書:高尚|優美》定価金廿銭 当館で売つております 《割書:月刊|雑誌》活動倶楽部《割書:活動倶楽部社発行|電話下谷五〇七〇番》  (定価七十銭・振替東京四四一八一) 《割書:月刊|雑誌》活動之世界《割書:興味ある毎号を|愛せられ。》  (定価七十銭)活動之世界社行 【左頁上段】   一九二二年度に   為遂げねばならぬ仕事 近藤伊與吉   新年と独逸映画と   林 千歳   新年の辞に更へて   村田 実             近藤伊與吉  一九二二年に於て我邦の映画界が是非と も為遂げねばならぬ為事は沢山あるが、そ のうちでも以下に記したことはどんな困難 に遭遇しても必らず敢行しなければ再び一 九二三年になつて同じことを繰返へさねば ならぬ破目になるものてある。即ち 撮影会社と興行会社の独立 である。其効 用に関しては二三先覚の士がすでに論議し 尽したあとだから今更ら呶々を要せないだ らう、目下の組織のやうに一個の活動写真 会社の内部に撮影場と営業部とがあつて それ等の機関が相互に扶け合つて居るなら ばまだしも、お互に犬猿にも等しいやうに いがみ合つて居て――而して大抵は会社に 直属して居る営業部に依つて撮影場が支配 され勝ちの状態では、興行が主で演劇が従 と言ふ甚だ不合理な有様を続けなければな らない。斯くて尚我邦映画の改良や革新を 望むのは百年黄河の澄むを待つよりも愚な ことである。 批評の権威を高める こと。即ち活動写真 の雑誌や愛活家の真面目な言葉が製作者や 興行者にピリツとさせる迄の力を備へなけ ればならない。具体的に言ふと活動写真の 雑誌の内容の更正と其充実である、愛活家 諸君の向上と其一致団結である。 (未完) 【左頁中段】             林 千歳  明けまして御目出度う御座います。多端 であつた大正十年の我邦の映画界が過去の 歴史と化しましたと同時に、今度は多幸な る可き大正十一年の映画界を迎へねばなら なくなりました。私は色々な意味で此大正 十一年の映画界に希望を置く者であります  それは大正十一年にボツ〳〵と見え初め ました欧洲映画特に独逸の映画が今年にな つてからは必つと其精華を発揮するだらう と思ひます。私は決して米国の映画を軽蔑 する者では有りませんけれども目下の私達 が学ぶ可き多くの点は寧ろ独逸映画に多い やうであります。彼のカラマゾフ兄弟にし ろカリガリ博士の小函にしろウルエル、ア コスタにしろ私達が今現に煩悶して居ると ころのものを解決して慰安してくれた貴重 な映画であつたと思ひます。  斯うした独逸映画の輸入に依つて沈滞し 切つて居る我邦の映画製作界も必つと異常 な刺激を受けて覚醒し発展するに相違ない と思ひます。             村田 実  近藤君  また新しい年が来ましたねえ。いつも新 年が来ると『今年は立派な仕事が出来るだ らう』と、『今年は』『今年は』と云つて毎年 これと云ふ仕事も為さずに終つてしまひま す。輸入映画の方では近来頗る優秀なもの が続々入つて来ますが、和製物は、いつま で行つても十年一日の如くで、西洋物と比 較するにはまだ〳〵前途遼遠です。  こんな風に日本映画が振はないのは、一 つには、フアンに責任があるようにも思は れます。フアンの人達は日本物を見離して しまつて、西洋物で充分満足してゐるので 【左頁下段】 す。それで現在の日本物を見に行く人は、 電気館などへ来る人とは全く異つた一種特 有の味をもつた一部の人に限られてしまつ てゐるのです。  近藤君、私は製作者と云ふ立場から、何 とかして日本から善い映画を生むようにし たいと思つてゐます。  フアーナムのような豪胆、チヤールス、レ イのような質朴、ダグラスのような快活、チ ヤツプリンのような悲哀、ピツクフオード のような可憐、そう云つた自然な生き生き したものがどうして日本映画には、見られ ないのでせう。日本映画に出て来る人物と 来たら、どれもこれも藁人形のようで、生 命もなく、自然もありません。  いくら文化程度の低い日本人でも藁人形 のような生活はしてゐません、やはり人間 らしく笑つたり、泣いたり、怒つたり、悲 しんだり、苦しんだり或は、真から踊り狂 つたりしてゐます。  ですから電気館あたりに趣味をもつた人 達が、もつと日本映画の優秀なものを望む ようになれば、製作会社も目覚めて、生き た日本人をスクリーンの上に見せるように することと思ひます。  近藤君、私は今年もこんなような心持で 日本映画革新運動に力をそそぐ考へです。  君の近頃の奮闘振りは私も、真から嬉し く思つてゐます、今年君が文筆弁論の力を もつて日本映画革新の為めに奮闘せらるる ことを予期してゐます。  今は丁度日本映画界の黎明期です。次第 に明い光が射し込んで来るでせう。私は此 の新年の尖端に立つて、真心こめて日本映 画界の革新派が勝利を得られるよう、祈る ものです。 大正十年十二月三十日発行 デンキカン・ニユース 第百五十五号 (三)