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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之9 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之9 - ページ 19

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【右丁】  造営(さうえい)して此地(このち)の生土神(うふすな)と称(しよう)し奉(たてまつ)りしより霊応(れいをう)は照々(せう〳〵)として  日(ひゝ)新(あらた)なり《割書:南向亭云(なんかうていのいは)く当社(たうしや)の前路(せんろ)は鎌倉街道(かまくらかいたう)の旧跡(きうせき)にして今(いま)も|鎌倉路(かまくらみち)と字(あさな)せり青山(あをやま)の原宿(はらしゆく)より此地(このち)をへて大窪(おほくほ)へかゝり》  《割書:し也とそ北条家分限帳(ほうてうけふんけんちやう)島津孫四郎(しまつまこしらう)|所領(しよれう)の中(うち)に《振り仮名:千駄ヶ谷|せんたかや》の名(な)有(あ)り》 《振り仮名:代々木野八幡宮|    きのはちまんくう》 同 西(にし)の方(かた)代々木野(よゝきの)にあり《割書:此野(このの)も武蔵(むさし)|野(の)の中(うち)なり》祭礼(さいれい)は  九月廿三日に修行(しゆきやう)す別当(へつたう)は天台宗(てんたいしう)にして宝珠山(ほうしゆさん)福泉寺(ふくせんし)智(ち)  玅院(みやういん)と号(かう)す《割書:古(いにしへ)は智明(ちみやう)|に作(つく)る》  相傳(あひつた)ふ当社(たうしや)は往古(いにしへ)源頼家公(みなもとのよりいへこう)の籏下(はたした)なりける近藤三郎(こんとうさふらう)  是茂(これもち)の家人(けにん)荒井外記智明(あらゐけきともあきら)といへる者(もの)故(ゆゑ)ありて相州(さうしう)を退(しりそ)き  此(この)代々木野(よゝきの)に蟄居(ちつきよ)し宗友(むねとも)と名(な)を改(あらた)め年月(としつき)を送(おく)れり八幡(はちまん)  宮(くう)は本国(ほんこく)の産土神(うふすな)たるにより常(つね)に尊信(そんしん)怠(おこた)る事なし  然(しかる)に建暦(けんりやく)二年八月十五日の夜(よ)夢中(むちゆう)に《振り仮名:鶴ヶ岡八幡宮|つるかをかはちまんくう》の  霊尓(れいし)ありて宝珠(ほうしゆ)の如(こと)き鏡(かゝみ)を感得(かんとく)す依(よつ)て同九月廿三日  此地(このち)を求(もとめ)めて荊棘(けいきよく)を払(はら)ひ小祠(しやうし)を営(いとな)むて初(はしめ)て《振り仮名:鶴ヶ岡|つるかおか》 【枠外】  三ノ百五十 【左丁】  八幡宮(はちまんくう)を勧請(くわんしやう)し奉(たてまつ)るとなり 鞍懸松(くらかけまつ) 同所の岡(をか)に在(あ)り傳(つた)へ云(いふ)源義家朝臣(みなもとのよしいへあそん)奥州征伐(あうしうせいはつ)の  頃(ころ)此地(このち)に陣(ちん)を取(とり)此(この)松樹(しようしゆ)の枝(えた)に鞍(くら)をかけられしより此(この)  名(な)ありといふ《割書:江戸鹿子(えとかのこ)といへる冊子(さうし)|には是(これ)を頼朝卿(よりともきやう)とす》 代太橋(たいたはし) 甲州街道(かうしうかいたう)萩窪(はきくほ)の立場(たては)より三丁あまり先(さき)の方(かた)松(まつ)  原(はら)赤堤(あかつゝみ)泉(いつみ)廻(めく)り代太等(たいたとう)の五箇村(こかむら)入合(いりあひ)の辻(つち)にありて曲折(きよくせつ)する  所(ところ)の道路(たうろ)を横切(よこきり)て流(なか)る小川(をかは)に架(か)す《割書:此所迠(このところまて)は道(みち)より左(ひたり)に添(そひ)て|流(なか)る橋(はし)より右(みき)に添(そひ)て流(あが)れ》  《割書:橋下(きやうか)にて水流(すゐりう)|左右(さいう)に替(かは)れり》橋上(きやうしやう)に土(つち)を覆(おほ)ふ故(ゆゑ)に其形(そのかたち)顕(あらは)れす《割書:此(この)橋下(きやうか)を流(なか)るゝは|多磨川(たまかは)の上水(しやうすゐ)也》 高井戸(たかゐと) 此所(このところ)も甲州街道(かうしうかいたう)にして駅舎(えきしや)あり《割書:《振り仮名:四ッ谷|よつや》内藤新宿(ないとうしんしゆく)より|此所(このところ)迠一里廿五丁 上石原(かみいしはら)》  《割書:へは二里一丁あり八王(はちわう)|子(し)へも此所を行(ゆけ)り》此所(このところ)は下高井戸(しもたかゐと)にして上高井戸(かみたかいと)は此所(このところ)より  西(にし)にあり小田原(をたはら)北条家(ほうてうけ)の分限帳(ふんけんちやう)に大橋氏(おほはしうち)某(それかし)の所領(しよれう)に  無連高井堂(むれたかゐたう)とあり《割書:無連(むれ)は無礼(むれ)高井堂(たかゐたう)は此地(このち)の事(こと)いふ道興准后(たうこうしゆかう)の|回国雑記(くわいこくさつき)に堀兼(ほりかね)の井(ゐ)見にまかりて詠(よめ)る今(いま)は》  《割書:高井戸(たかゐと)といふとありて和歌(わか)あれとも堀兼(ほりかね)の井(ゐ)此地(このち)にありや今(いま)しるへからす|其(その)和歌(わか)は《振り仮名:第四巻|たい くわん》堀兼井(ほりかねのゐ)の条下(てうか)に詳(つまひらか)なり》