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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之9 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之9 - ページ 4

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【右丁】  旅所(たひしよ)へ神幸(しんかう)ありて廿一日 帰輿(きよ)す地主(ちしゆ)は稲荷(いなり)明神(みやうしん)にして  共(とも)に此地(このち)の産土神(うふすな)と崇(あか)む《割書:本地(ほんち)は十一 面(めん)観音(くわんのん)|行基大士(きやうきたいし)の作(さく)也》 鬼子母神(きしもしん) 同所 坂(さか)の下(した)南寺町(みなみてらまち)日蓮宗(にちれんしう)日宗寺(にちそうし)に安置(あんち)せり《割書:当寺(たうし)旧(むかし)|糀(かうし)町 清(し)》  《割書:水谷(みつたに)に在(あり)て乗蓮寺(しやうれんし)と号(かう)す此地(このち)へうつされて後(のち)藤堂大学頭高次(とうたうたいかくのかみたかつく)の室(しつ)高見院心(かうけんゐんしん)|月日宗大姉(かつにちそうたいし)の法号(はふかう)を採(とつ)て山(やま)を高見(かうけん)と号(かう)し寺(てら)を日宗と唱(とな)へ其家(そのいへ)より寺院(しゐん)》  《割書:再興(さいかう)あり|しとなり》本尊(ほんそん)鬼子母神(きしもしん)の像(さう)は日法(にちはふ)上人の彫像(てうさう)なり相傳(あひつた)ふ  文永(ふんえい)元年十月三日 日蓮(にちれん)上人《割書:四十|三才》母君(ふくん)を拝(はい)せんとし旧里(きうり)安房(あはの)  国(くに)小湊(こみなと)に帰(かへ)る母君(ふくん)悦(よろこひ)の余(あま)り頓死(とんし)す上人 大(おほひ)に歎(なけき)て生活(しやうくわつ)の祈(き)  念(ねん)をせんとして先(まつ)徒弟(とてい)日法(にちはふ)上人に命(めい)して此(この)本尊(ほんそん)を造(つく)らしむ依(よつて)  此(この)本尊(ほんそん)に祈願(きくわん)し奉(たてまつ)るに験(しるし)ありて其(その)暁(あかつき)蘇生(そせい)し給ふ後(のち)寿(ことふき)を保(たも)  つ事(こと)四年なり鎌倉住人(かまくらのちゆうにん)鎌田氏(かまたうち)某(それかし)此(この)霊像(れいさう)を伝来(てんらい)せしが本(ほん)  尊(そん)の霊尓(れいし)によりて享保(けうほ)十三年 当寺(たうし)に安(あん)し奉(たてまつ)るといへり 玅典山(めうてんさん)戒行寺(かいきやうし) 同所 南(みなみ)に隣(とな)る日蓮宗(にちれんしう)にして延山(えんさん)に属(そく)せり  寛永(くわんえい)の頃迠(ころまて)は糀町(かうしまち)一丁目の御堀端(おんほりはた)にありて常唱(しやうしやう)題目(たいもく) 【左丁】  修行(しゆきやう)の庵室(あんしつ)なりしか近隣(きんりん)宮重氏庵主(みやしけうちあんしゆ)と共(とも)に力(ちから)を合(あは)せて  遂(つひ)に一寺(いちし)とす當寺(たうし)の日貞師(にちていし)は山本勘助晴幸入道道鬼(やまもとかんすけはるゆきにうたうたうき)  斎(さい)か孫(まこ)にて延山(えんさん)日悦(にちゑつ)上人の徒弟(とてい)也《割書:寛保(くわんほ)中八十 余歲(よさい)|にして迁化(せんけ)せらる》當寺(たうし)は明(めい)  歷(りやく)に至(いた)り此地(このち)に迁(うつ)さる總門(さうもん)の額(かく)に妙典山(めうてんさん)と書(しよ)せしは朝鮮(てうせん)  國(こく)李彥(りけん)の書(しよ)也 此所(このところ)の坂(さか)を戒行寺坂(かいきやうしさか)又 其下(そのした)の谷(たに)を戒行(かいきやう)  寺谷(したに)と唱(とな)へたり  分身鬼子母神(ふんしんきしもしん)《割書:寺中(じちゆう)圓立院(ゑんりふゐん)に安置(あんち)す定朝(ちやうてう)の作(さく)也 始(はしめ)四谷北伊賀町(よつやき[た]いかまち)|永田安節(なかたあんせつ)といふ医師(いし)の家(いへ)に傳来(でんらい)す来由(らいゆ)は事(こと)長(なか)けれは》  《割書:爰(こゝ)に略(りやく)して記(しる)さす》 汐干観世音菩薩(しほひくわんせおんほさつ) 同所 南寺町(みなみてらまち)戒行寺(かいきやうし)の裏(うら)の坂口(さかくち)真言宗(しんこんしう)  錦敬山(きんけいさん)真成院(しんしやうゐん)にあり此(この)本尊(ほんそん)は越後國(ゑちこのくに)村上義清(むらかみよしきよ)か守佛(まもりふつ)に  して其(その)末流(はつりう)村上兵部入道道樂斎(むらかみひやうふにふたうたうらくさい)大坂御陣(おほさかこちん)の時(とき)上杉(うへすき)  景勝(かけかつ)に従(したか)ひ奥州(あうしう)米泽(よねさは)より彼地(かのち)に趣(おもむ)く後(のち)江戸(えと)に帰(かへ)り  當寺(たうし)に収(をさ)むるといへり《割書:或人(あるひと)云く此(この)本尊(ほんそん)を塩踏観世音(しほふみくわんせおん)とも号(なつ)く|村上天皇(むらかみてんわう)護身(こしん)の尊像(そんさう)なり依(よつ)て村上肥後守(むらかみひこのかみ)》  《割書:頼清(よりきよ)常(つね)に崇信(そうしん)し其後(そのゝち)堂宇(たうう)を造(つく)り安置(あんち)す大坂御陣(おほさかこちん)のみきり村上(むらかみ)》