翻刻
【右丁】
第六天(たいろくてん)
篠塚稲荷(しのつかいなり)
【図】
【枠内】いなり
【枠内】本社
【枠内】金ひら
【左丁】
四国雑記 鳥越(とりこえ)の里(さと)といふ所(ところ)に行くれて
暮にけりやとりいつくといそく日になれも寝に行鳥越乃里 道奥准后
鳥越明神(とりこえみやうしん)社 元鳥越町(もととりこえまち)にあり此辺(このへん)の産土神(うふすな)とす祭神(さいしん)日本武尊(やまとたけのみこと)相殿(あいてん)天(あまの)
児屋根命(こやねのみこと)なり《割書:昔(むかし)は第六天神(たいろくてんしん)熱田明神(あつたみやうしん)を合(あは)せて鳥越三所明神(とりこえさんしよみやうしん)と号(なつ)けしか正保(しやうほ)二年此地|公用(こうよう)の為(ため)に召上(めしあけ)られ三谷(さんや)にて替地(かへち)を給ひわつかに社(やしろ)の地(ち)はかりを残(のこ)さるその頃(ころ)》
《割書:より熱田(あつた)は三谷(さんや)の地(ち)へうつし第六(たいろく)|天(てん)は森田町(もりたちやう)へうつせしといへり》当社(たうしや)は最古跡(もつともこせき)なれとも旧記等(きうきとう)散失(さんしつ)して勧請(くはんしやう)の年暦(ねんれき)
来由等(らいゆとう)詳(つまひらか)ならすといへり祭礼(さいれい)は隔年(かくねん)六月九日なり
東光山(とうくわうさん)西福寺(さいふくし) 良雲院(りやううんゐん)と号(かう)す《割書:良雲院殿(りやううんゐんてん) 御尊骸(こそんかい)を当寺(たうし)に葬(さう)し|奉(たてまつ)る故(ゆへ)に院号(ゐんかう)とす当寺(たうし)に 御墓所(おんほしよ)あり》鳥越明神(とりこえみやうしん)
より三町はかり東(ひかし)の方にあり江戸(えと)浄宗(しやうしう)四ヶ寺の随一(すいいち)にして本尊(ほんそん)阿弥陀如(あみたによ)
来(らい)は安阿弥(あんあみ)の作(さく)なり《割書:三州(さんしう)よりうつ|さるゝとそ》開山(かいさん)を真蓮社貞誉了伝(しんれんしやていよれうてん)上人と号(かう)す《割書:元和(けんわ)八|年五月》
《割書:廿七日に|寂す》遠州(ゑんしう)犀(さい)か渕(ふち)戦死(せんし)の迷魂得脱(めいこんとくたつ)の師(し)なり迷魂得脱(めいこんとくたつ)の功(いさをし)は武父(ふふ)の戦功(せんこう)
に等(ひと)しけれは其功(そのこう)を永世(えいせ)に伝(つた)へよと 神祖(しんそ) 松平(まつたひら)の御称号(おんしようかう)并 山号(さんかう)
等(とう)を給ふ往古(むかし)三州(さんしう)にありしを慶長(けいちやう)の頃(ころ) 台命(たいめい)に依(よつ)て当国(たうこく)駿河台(するかたい)
に移(うつ)され又 寛永(くわんえい)十五年今の所(ところ)にて地を給ふ一夏中(いちけのうち)法幢(ほつとう)を立(たて)檀林(たんりん)に准(しゆん)す