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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之16 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之16 - ページ 4

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金龍山(きんりうさん)淺草寺(せんさうし) 傳法院(てんほふゐん)と號(かう)す坂東順禮所(はんとうしゆんれいしよ)第十三番目なり天台(てんたい)  宗(しう)にして東叡山(とうえいさん)に屬(そく)せり   《割書:按(あんす)るに東鑑(あつまかゝみ)に建久(けんきう)三年壬子五月八日 法王(ほふわう)四十九日の御佛事(おんふつし)に百僧供(ひやくそうく)を修(しゆ)せらるゝと其(その)条下(てうか)に|僧衆(そうしゆ)の中(うち)淺草寺(せんさうし)よりも三口(さんく)とあり又同書に建長(けんちやう)三年辛亥三月六日 淺草寺(せんさうし)へ牛(うし)の如(こと)きもの|忽然(こつせん)と出現(しゆつけん)し奔走(ほんそう)す時に寺僧(しそう)五十口(こしつく)はかり食堂(しきたう)に集會(しゆふくはい)する所(ところ)に件(くたん)の恠異(けい)を見て廿四人 立所(たちところ)に病(ひよう)|瘂(あ)を受(うく)七人 即座(そくさ)に死(し)するよしと記(しる)せり寺僧(しそう)五十口(こしつく)はかりとあるときは徃古(むかし)も猶(なを)大伽藍(たいからん)なる事|をしるへし永禄(えいろく)二年 小田原北条家(をたはらほうてうけ)の分限帳(ふんけんちやう)に淺草寺家分(せんさうしけふん)四拾貫九百文を附(ふ)せらるゝよし|出たり》  本堂(ほんたう) 本尊(ほんそん)聖観世音菩薩(しやうくわんせおんほさつ)《割書:世(よ)に傳(つた)へいふ御長(みたけ)一寸八分としかれとも古(いにしへ)より秘佛(ひふつ)にし|て輙(たやすく)宝帳(はうちやう)を褰(かゝけ)されは其實(そのまこと)を知(しり)かたし》  《振り仮名:𦚰士|けふし》梵天(ほんてん)帝釋(たいしやく)《割書:むらさきの一本(ひともと)といへる草紙(さうし)に|此二尊は行基大士(きよううきたいし)の作なりとあり》四天王(してんわう) 《振り仮名:𦚰壇|けふたん》 右 不動明王(ふとうみやうわう) 左  愛染明王(あいせんみやうわう) 後左右(うしろのさいう) 三十三身像(さんしふさんしんのさう)《割書: 其 余(よ)堂内(たうない)に諸(もろ〳〵)の佛天(ふつてん)を安置(あんち)す中(なか)にも賔頭盧(ひんつる)|尊者(そんしや)は慈覚大師(しかくたいし)の作(さく)にして霊験(れいけん)いちしるし》  額(かく)《割書:観音堂》《割書:御拜(こはい)の|上にかくる》大明福州漳郡龍邑(たいみんふくしうしやうくんりういふ)徐紹勲筆(しよせうくんのふて)  額(かく)《割書:施無畏》《割書:外陣(けちん)の家帯(なけし)|にかけてあり》深見玄岱筆(ふかみけんたいのふて)《割書:天井(てんせう)の龍(りよう)ならひに内陣(ないちん)天井(てんせう)の鳳凰(ほうわう)後壁(うしろかへ)|の二十八部衆等(にしふはちふしゆとう)は狩野永眞(かのえいしん)の筆(ふて)拜殿(はいてん)》  《割書:の天井(てんせう)に畵(ゑかけ)る天人(てんにん)は狩野洞春(かのとうしゆん)の筆(ふて)なり》  聯(れん)  《割書:内陣(ないちん)の左|右に掲(かく)る印(いん)》《題: 山頭月影雲光色々無非般若》 【左丁】  《割書:に元壽(けんしゆ)の|二字を住(ちゆう)|す筆者(ひつしや)|孟寛(まうくはん)の傳(てん)|あれともしけきをいとひて|こゝに畧(りやく)せり》 《題: 檻外松濤竹浪聲々都入圓通》  古繪馬(こゑま) 《振り仮名:𦚰壇|けふたん》左(ひたり)の方 不動尊(ふとうそん)の前(まへ)にかけたり世俗(せそく)古法眼元信(こほふけんもとのふ)の筆(ふて)  なりといふは誤(あやまり)なり《割書:寛政(くはんせい)の始(はしめ)本堂 修営(しゆえい)ありし頃(ころ)狩野何某(かのなにかし)親(したしく)是を影写(えいしや)す実(じつ)に六七百|年を経(へ)たる古物(こふつ)うたかふへからす傍(かたはら)に画家(くはか)の名(な)及(をよひ)印章等(いんしやうとう)あれとも湮滅(いんめつ)し》  《割書:て讀(よむ)へからす既(すて)にして|木(き)の性(しやう)をうしなへり》傳(つたへ)いふ徃古(そのかみ)此馬(このむま)毎夜(よこと)に額(かく)を秡(ぬけ)【拔】出て境内(けいたい)の草(くさ)を喰(はみ)あたり  近(ちか)き田畑(たはた)をもあらしけれは其頃(そのころ)左甚(ひたりちん)五郎といへる名譽(めいよ)の彫工(てうこう)を頼(たの)みて曳縄(ひきなは)を  書添(かきそへ)しむ仍(よつて)其後(そのゝち)は此事 止(やみ)けりとそ《割書:是大なる附會(ふくわい)の説(せつ)ならん曳縄(ひきなは)も同時の物(もの)にして|後世(こうせい)書加(かきくは)へたるにはあらす図(つ)に依(よつ)て辨(へん)し明(あきらむ)へし》  《割書:されと畫(くは)する所(ところ)の馬(むま)に霊(れい)ありて秡出(ぬけいて)たるといへる事 頗(すこふる)|妄誕(まうたん)に似(に)たりといへとも其 證(しよう)とするあり|歷代名画記(れきたいめいくはき)巻第八に云く唐世祖(とうのせいそ)の時(とき)楊子蕐(やうしくわ)といへる人あり甞(かつて)壁上(へきしやう)に馬を畫(ゑか)く其馬(そのむま)夜(よる)嘶(いなゝい)て|水草(すいさう)を索(もとむ)るか如し仍(よつ)て天下(てんか)號(なつ)けて画聖(くはせい)と称(しよう)すと云云又|揮塵後録(きちんこうろく)に曰 聖宮門(せいきうもん)の両廡(りやうふ)の下(した)に畫(ゑか)く所(ところ)の人馬(しんは)みな流汗(りうかん)の迹(あと)あり慶暦中(けいれきちゆう)に一夕(いつせき)人馬(しんは)の声(こへ)|あり明(あくる)に至(いた)つてこれを観(み)るに汗(あせ)の流(なか)るゝあり今にいたつて滅(きえ)すと云云|元亨釋書(けんかうしやくしよ)に云く昔(むかし)天王寺(てんわうし)の道公(たうこう)紀(き)の熊野山(くまのさん)に安居(あんこ)す夏(け)終(おわつ)て帰(かへ)るさの道暮(みちくれ)に逮(をよ)んて大樹(たいしゆ)の|下(もと)に宿(しゆく)せり其 夜半(やはん)騎馬(きは)の者(もの)あまた樹下(しゆか)にいたつて翁(をきな)ありやととふ一老翁(いちらうをう)荅(こたへ)てありといへり彼者(かのもの)|云く何そ前(さき)に進(すゝ)まさるとまた翁(おきな)こたへて云く馬(むま)の足(あし)損(そん)して乗(のる)に任(たえ)す齢(よはひ)もまた衰(おとろ)へたれ|は徒歩(かち)より行(ゆく)事あたはすと荅(こた)へけれはいさとて皆々(みな〳〵)通り過(すき)けり明旦(あくるあした)公(こう)恠(あやしみ)て樹下(しゆか)を見るに》