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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之15 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之15 - ページ 14

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【右丁 絵図】 圓勝寺(ゑんしようし)    五石松(ここくまつ) 當寺(たうし)に五石枩(ここくまつ)とて 一株(いつちう)の古松(こちやう)ありしか 今(いま)は枯(かれ)て名(な)のみを 存(そん)せり慶長(けいちやう)の頃(ころ) にや 大樹 御放鷹(こはふよう)の折(おり) から 御褒詞(こほうし)ありて 枩(まつ)に五石(ここく)の知行(ちきやう)を 下(くた)し賜(たま)ふよりかくは   名(な)つくるよし云侍へり      せいし堂      開山塔         ゑんま        本堂 【左丁】  行基(きやくちうにき)菩薩(ほさつ)なり 光明山(くはうみやうさん)圓勝寺(ゑんしようし)  中里(なかさと)にあり浄土宗(しやうとしう)にして本尊(ほんそん)阿彌陀(あみた)如来(によらい)は慈覺(しかく)大師(たいし)  の作(さく)脇士(けうし)二菩薩(にほさつ)は惠心(ゑしん)僧都(そうつ)の作(さく)なり開山(かいさん)は深蓮社(しんれんしや)聖法(しやうほふ)上人 當寺(たうし)  始(はしめ)に御城内(こしやうない)竜(たつ)の口(くち)にありしとそ  勢至堂(せいしたう)《割書:本堂の右(みき)の方 少(すこし)の丘(をか)山の上(うへ)にあり三尊(さんそん)の弥陀佛(みたふつ)を安(あん)す倶(とも)に佛工(ふつこう)春日(かすか)の作なり今|故(ゆへ)ありて勢至堂(せいしたう)と唱(とな)へり》 藤林山(とうりんさん)西福寺(さいふくし) 染井村(そめゐむら)にあり眞言宗(しんこんしう)にして本尊には阿弥陀(あみた)如来(によらい)  を安(あん)す德一(とくいち)大師(たいし)の作なり當寺(たうし)は狹少(けうせう)の地(ち)なりといへとも尤(もつとも)殊勝(しゆしやう)の梵(ほん)  刹(せつ)なり  染井(そめゐ)稲荷(いなり)社《割書:本堂の左にあり往古(むかし)よりの鎮坐(ちんさ)にして染井(そめゐ)一村(いつそん)の鎮守(ちんし)也 昔(むかし)此所に染井(そめゐ)と|号(なつく)泉(いつみ)ありしか今(いま)は水(みつ)涸(かれ)て其跡(そのあと)を失(うしな)ふ村(むら)を染井(そめゐ)と云(いふ)もこの泉(いつみ)によるとそ》 佛寶山(ふつはうさん)無量寺(むりやうし) 西光院(さいくわうゐん)と号(かう)す同所北の方 西原(にしかはら)にあり真言宗(しんこんしう)にして弘法(こうほふ)  大師(たいし)の作(さく)不動尊(ふとうそん)を本尊(ほんそん)とす開山(かいさん)は行基(きやうき)菩薩(ほさつ)なり本堂(ほんたう)にかくる  南無(なむ)阿彌陀佛(あみたふつ)の額(かく)は幡随意院(はんすいいゐん)了碩(れうせき)和尚(おしやう)の筆(ふて)なり  阿弥陀堂(あみたたう)《割書:本堂の右(みき)にあり本尊(ほんそん)は行基(きやうき)菩薩(ほさつ)の作|六阿弥陀第三番目なり》