翻刻
【右丁】
補陀山(ふたさん)昌林寺(しやうりんし) 同所西の方にあり曹洞(さうとう)の禅宗(せんしう)にして本尊(ほんそん)末木(すへき)観世音(くはんせおん)
菩薩(ほさつ)は開山(かいさん)行基(きやうき)菩薩(ほさつ)の作(さつく)なり往古(そのかみ)六阿弥陀(ろくあみた)彫刻(てうこく)の折(をり)から末木(すゑき)を
以(もつ)て作(つく)りたまひしとそむかしは補陀落(ふたらく)壽院(しゆゐん)と號(なつく)其後(そののち)久(ひさ)しく荒廢(くわうはい)
にをよふ然(しかる)に應永(おうえい)年中 祥林(しやうりん)といへる僧(そう)中興(ちうこう)せしより《割書:後(のち)又(また)宗最(しうさい)和尚(おしやう)こゝに|来(きた)り當寺(たうし)を再興(さいこう)す》
昌林寺(しやうりんし)と《割書:祥(しやう)を改(あらた)めて|昌(しやう)に作(つく)る》號(かう)す同十八年 鎌倉(かまくら)持氏公(もちうちこう)の母堂(ほたう)深(ふか)く是(これ)を信(しん)し堂(たう)
宇(う)を修営(しゆえい)あり又(また)文明(ふんめい)の頃(ころ)太田(おほた)道灌(たうくはん)二十余丁の斎田(さいてん)を寄附(きふ)す其(その)
後(のち)大永(たいえい)年間の兵火(ひやうくは)に罹(かゝ)りて堂塔(ちうちふ)悉(こと〳〵)く炎燒(えんせう)す今はいにしへの俤(おもかけ)
のみを存(そん)せり
平塚(ひらつか)明神(みやうしん)社 平塚村(ひらつかむら)にあり當社(たうしや)縁起(えんきに)云(いはく)往古(むかし)八幡(はちまん)太郎(たらう)義家(よしいへ)兄弟(きやうたい)奥(あう)
刕(しう)前後(せんこ)十二年の戦(たゝかひ)終(をはり)凱陣(かいちん)のみきり此地(このち)に逗留(とうりう)ありて城主(しやうしゆ)豊島(としま)
氏(うち)某(それかし)《割書:或(あるひは)豊嶋(としま)太郎(たらう)|義近(よしちか)とも云り》に鎧(よろひ)一領(いちりやう)幷(ならひ)に守(まもり)本尊(ほんそん)十一面(しふいちめん)観音(くはんおん)《割書:長(たけ)七寸 行基(きやうき)菩薩(ほさつ)の作(さく)也|今 城官寺(しやうくはんし)に安置(あんち)す》
を賜(たま)ふ其後(そののち)元永(けんえい)年中 豊島氏(としまうち)城内(しやうない)清浄(しやう〳〵)の地(ち)を擇(えら)むて彼(かの)鎧(よろひ)を
塚(つか)に築収(つきおさ)め《割書:塚(つか)の形(かたち)高(たか)からさるを以て平塚(ひらつか)と|号(かう)す地名(ちめい)も亦(また)これに因(より)て称(しよう)す》城(しろ)の鎭守(ちんしゆ)とす且(かつ)社(やしろ)を営(いとな)むて
【左丁】
三連枝(さんれんし)の像(さう)を安(あん)し平塚(ひらつか)三所(さんしよ)明神(みやうしん)と号(かう)す《割書:八幡(はちまん)太郎(たらう)義家(よしいへ)加茂(かもの)次郎(しらう)義綱(よしつな)|新羅(しんら)三郎(さふらう)義光(よしみつ)》
是(これ)義家(よしいへ)兄弟(きやうたい)の武功(ふこう)を欽崇(したひ)且(かつ)武運(ふうん)を祈(いの)らん為(ため)なりと云云別當(へつたう)を
平塚山(へいちよさん)城官寺(しやうくはんし)といひ安樂院(あんらくゐん)と号(かう)す《割書:城官寺(しやうくはんし)の来由(らいゆ)は|始(しはらく)こゝに畧(りやく)す》本地(ほんち)阿弥陀(あみた)
如来(によらい)を安(あん)す《割書:赤檀佛(しやたんふつ)毘首(ひしゆ)羯摩天(かつまてん)の|作(さく)瑪瑙(めなう)玉座(きよくさ)なり》昔(むかし)筑紫(つくし)安樂寺(あんらくし)の僧(そう)回國(くはいこく)修行(しゆきやう)の砌(みきり)
此像(このそう)をこゝに安置(あんち)せしとそ
白鬚(しらひけ)明神(みやうしん)社 同所 畑(はたけ)の中(なか)にあり祭神(さいしん)は猿田彦命(さるたひこのみこと)にして豊島氏(としまうち)
の勧請(くはんしやう)なり往古(むかし)は平塚(ひらつか)の城中(しやうちう)にありしとそ
平塚(ひらつかの)城跡(しろあと) 平塚(ひらつか)明神(みやうしん)のあたりより飛鳥(あすか)山の辺迠(あたりまて)をいふ鎌倉(かまくら)大(おゝ)
草紙(さうしに)云(いはく)文明(ふんめい)九年四月十三日 道灌(たうくわん)江戸(えと)より打て出 豊嶋(とよしま)兄(あに)の勘解由(かけゆ)
左衛門(さゑもん)を頼(たのみ)ける間(あいた)石神井(しやくし)の城(しろ)練馬(ねりま)の両城(りやうしやう)より出(いて)攻来(せめきた)りけれは
太田(おほた)道潅(たうくはん)上杦(うへすき)刑部(きやうふの)少輔(せういふ)千葉(ちは)自胤(よりたね)以下(いか)江古田(えこた)沼袋(ぬまふくろ)と云(いふ)所に
馳向(はせむか)ひ合戦(かつせん)して敵(てき)は豊島(としま)平右衛門尉(へいゑもんのせう)を始(はしめ)として板橋(いたはし)赤塚(あかつか)以下