翻刻
【右丁 絵図】
梶原塚(かちはらつか)
【左丁】
の麓(ふもと)に今(いま)梶原(かちはら)屋鋪(やしき)跡(あと)といへる所(ところ)あり按(あん)するに是(これ)も政景(まさかけ)か第(やし)
宅(き)の地(ち)ならん
医王山(いわうさん)清光寺(せいくわうし) 豊島村(としまむら)にあり真言宗(しんこんしう)にして豊島(としま)権頭(こんのかみ)清光(きよみつ)の開(かい)
基(き)なり本尊(ほんそん)不動(ふとう)明王(みやうわう)は清光(きよみつ)建立(こんりふ)ありし七仏(しちふつ)の随一(すいいち)なり清光(きよみつ)は頼朝(よりとも)
の家臣(かしん)にして当寺(たうし)は則(すなはち)清光(きよみつ)旧舘(きうくわん)の地(ち)なりとそ《割書:今(いま)も当寺(たうし)構(かまへ)の外(そと)に御殿(こてん)跡(あと)と|称(しよう)してわつかはかりの芝生(しはふ)あり》
釈迦堂(しやかたう)《割書:境内(けいたい)にあり是(これ)も|七仏(しちふつ)の中(うち)なり》
豊島(としま)太郎(たらう)康家(やすいへ)同(おなしく)権頭(こんのかみ)清光(きよみつの)墳墓(ふんほ) 同所に古松(こしよう)一株(いつちゆう)あり土民(とみん)是(これ)を
称(しよう)して豊島(としま)の大松(おほまつ)といへり《割書:康家(やすいへ)は清光(きよみつ)の|父(ちゝ)なり》
紀州(きしう)明神(みやうしん)社 清光寺(せいくわうし)より三丁はかりを隔(へたて)てあり祭神(さいしん)は五十猛命(いそちけるのみこと)大(おほ)
屋津姫命(やつひめのみこと)抓津姫命(つまつひめのみこと)三座(さんさ)なり
日本紀神代 ̄ノ巻一書(アルフミニ)曰 ̄ク素戔 ̄ノ烏 ̄ノ尊 ̄ノ之 子(ミコヲ)号 ̄ケテ曰(マフス)_二 五十猛 ̄ノ
命 ̄ト_一妹(イロトハ)大屋津姫 ̄ノ命次 ̄ニ抓津姫 ̄ノ命凡(スヘテ)此 ̄ノ三神(ミハシラノ)亦 ̄タ能 ̄ク分(マキホトコス)_二布
木種(コタネ) ̄ヲ_一即 ̄テ奉(ワタシタテマツル)_二渡於紀伊 ̄ノ国 ̄ニ_一也云云
社伝(しやてんに)云(いはく)往古(むかし)豊島氏(としまうち)某(それかし)王子(わうし)権現(こんけん)を勧請(くわんしやう)せし頃(ころ)彼地(かのち)の末社(まつしや)に