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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之15 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之15 - ページ 49

ページ: 49

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【右丁】  鎮座(ちんさ)なしけるに故(ゆへ)あつて天文(てんふん)年中 今(いま)の地(ち)に宮居(みやゐ)を移(うつ)せしとそ当社(たうしや)は  昔(むかし)より豊島村(としまむら)の産土神(うふすな)にして祭例(さいれい)は毎歳(としこと)九月十八日 執行(とりをこな)ふ《割書:社司(しやし)鈴木氏(すゝきうち)は|元亨(けんかう)年中》  《割書:紀州(きしう)より来(きた)る彼地(かのち)八庄司(はつしやうし)の|後裔(こうえい)なりといへり》観音堂(くはんおんたう)《割書:同所にあり本尊(ほんそん)は毘首羯摩天(ひしゆかつまてん)の作(さく)なりといへり此地(このち)も|昔(むかし)は清光寺(せいくわうし)の境内(けいたい)にて清光(きよみつ)建立(こんりふ)ありし七仏(しちふつ)の中(うち)なりとそ》 地蔵堂(ちさうたう) 豊島川(としまかは)の端(はた)にあり亀島山(きとうさん)専称院(せんしやうゐん)と号(かう)す本尊(ほんそん)地蔵(ちさう)菩薩(ほさつ)は  行基(きやうき)大士(たいし)彫刻(てうこく)の霊像(れいさう)にして豊島(としま)左衛門尉(さゑもんのせう)清光(きよみつ)建立(こんりふ)ありし七仏(しちふつ)  の一(いつ)なり宝永(はうえい)二年乙酉 祐天(ゆふてん)大僧正(たいそうしやう)此地(このち)の住(ちう)人 臼倉(うすくら)四郎左衛門といへる  ものゝ助(たすけ)に依(より)て再建(さいこん)し給ひ同四年正月廿七日 入仏(にうふつ)供養(くやう)あり僧正(そうしやう)其頃(そのころ)  群参(くんさん)の男女(なんによ)十念(しふねん)授与(しゆよ)ありし旧跡(きうせき)なり又(また)堂内(たうない)に祐天(ゆふてん)僧正(そうしやう)自(みつか)ら  開眼(かいけん)ありし六拾九歳の寿像(しゆさう)を置(をき)名号(みやうかう)を添(そへ)らる《割書:俗(そく)是(これ)を称(しやう)して証拠(しようこ)の名(みやう)|号(かう)と字(あさな)す》  訶羅多山(からたせん)地蔵尊(ちさうそん)是(これ)も僧正(そうしやう)の本地仏(ほんちふつ)にして自(みつから)開眼(かいけん)ありしとなり 若宮(わかみや)八幡宮(はちまんくう)《割書:同所 豊島川(としまかは)の端(はた)にあり当社(たうしや)は豊島(としま)権頭(こんのかみ)|清光(きよみつ)の霊(れい)を鎮(まつ)るところなり》          終畢 江戸名所図会玉衡之巻 【左丁】 【東京学芸大学附属図書館 整理ラベル】