東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 3

唐詩選画本, [五編]5巻 - 翻刻

唐詩選画本, [五編]5巻 - ページ 17

ページ: 17

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  玉華宮(ぎよくくわきう) 溪回松風長(たにめぐつてしようふうながし)。蒼鼠(さうそ)竄(かくる)_二古瓦(こぐわに)_一。不(ず)_レ知(しら)何王(いづれのわうの) 殿(でんぞ)。遺構絕壁下(いかうぜつへきのもと)。陰房鬼火青(いんばうきくわあをく)。壊道哀(くわいだうあい) 湍瀉(たんそゝぐ)。万籟真笙竽(ばんらいしんのしやうう)。秋色正瀟灑(しうしよくまさにせうしや)。美人(びじん) 為(なる)_二黃土(くわうどゝ)_一。況乃粉黛仮(いはんやすなはちふんたいのかりなるをや)。当時(たうじ)侍(じするは)_二金輿(きんよに)_一。故(こ) 物独石馬(ぶつひとりせきば)。憂来(うれへきたつて)藉(しいて)_レ草(くさを)坐(ざせば)。浩歌涙(こうかなんだ)盈(みつ)_レ把(はに)。 冉冉征途間(せん〳〵たるせいとのあいだ)。誰是長年者(たれかこれちやうねんのもの)。 【印「栖霞」】 《割書:唐(たう)の太宗(たいそう)の建(たて)られし離宮(りきう)を玉華宮(ぎよくくわきう)と云 夫(それ)が今はあれて渓(たに)めぐつて往(わう)くわんより|宮殿(きうでん)まで松(まつ)なみ木(き)有て風(かぜ)が長(なが)く吹(ふく)人もなければ昼(ひる)とても瓦(かはら)の間(あいた)から出て|ゐる鼠(ねずみ)が人かげを見るとこそ〳〵瓦(かはら)の間(あいだ)にかくる何王(なにわう)とは当時(たうじ)太宗(たいそう)の離(り)|宮(きう)なりし故(ゆゑ)わざとかく云ぞくみたてゝある絶壁(せつぺき)のこりある宮(みや)に入て見れば|亡霊(ぼうれい)の火(ひ)が青(あを)くみゆるとはさびしきさまを云迄にて実(じつ)に鬼火(きくわ)の出たるにはなし|太宗(たいそう)御 遊興(ゆうきよう)の道(みち)も今はあれはて渓水(たにみつ)が道(みち)へあふれてある木草(きくさ)をならす風(かざ)|音(をと)も簫(せう)篥(ひちりき)の声(こゑ)がする籟(らい)は荘子(さうじ)に云 風音(かざをと)也 秋(あき)のけしき殊(こと)の外(ほか)ものさび|しく人ははかないものにてむかし太宗(たいそう)にしたがひし美人(びしん)も苔(こけ)の下露(したつゆ)となる|を思(おも)へば粉黛(ふんたい)のかりものせし色(いろ)などにおぼれやうものでない今 太宗(たいそう)の御そば|に侍(はべ)るは石馬(せきば)の狗(こまいぬ)が動(うごか)ずゐるばかりじや草(くさ)をしいて坐(ざ)し昔(むかし)のことを考(かんがへ)みれば|感涙(かんるい)両手(りやうて)に一はいたまる一日〳〵暮(くら)し行(ゆく)は旅(たび)をするにひとしく太宗(たいそう)さへ|旅(たび)を行(ゆき)くらし給へば我(われ)らごとき猶以(なをもつ)てのことゝ当時(たうじ)の帝(みかど)にあてゝ云なれども|わざと御 側(そば)まわりの女中(ぢよちう)美人(びしん)どれも黄土(くわうと)と変(へん)じ石馬(せきば)のみ残(のこ)り在(ある)と云が|詩人(しじん)の真情(しんじやう)じや》