東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 3

唐詩選画本, [五編]5巻 - 翻刻

唐詩選画本, [五編]5巻 - ページ 67

ページ: 67

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  高都護驄馬行(こかうとごそうばかう) 安西都護胡青驄(あんせいとごのこせいそう)。声価欻然来(せいかこつぜんとしてきたつて)向(むかふ)_レ東(ひがしに)。此馬(このうま)臨(のぞみて)_レ陣(ぢんに)久(ひさしく)無(なし) _レ敵(てき)。与(と)_レ 人(ひと)一(いつにして)_レ心(こゝろを)成(なす)_二大功(たいこうを)_一。功成恵養(こうなりけいやうせられて)隨(したがふ)_レ所(ところに)_レ致(いたす)。飄飄遠(へう〳〵としてとをく)自(より)_二流(りう) 沙(さ)_一至(いたる)。雄姿(ゆうし)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ受(うけ)_二伏櫪恩(ふくれきのおんを)_一。猛気猶思戦場利(まうきなをおもふせんじやうのり)。踠促蹄高(ゑんしゝまりていたかうして)如(ごとし)_レ踣(ふむ)_レ鉄(てつを)。交河幾(けうかいくたび)蹴(けて)_二層氷(そうひやうを)_一裂(さく)。五花散作雲満身(ごくわさんじてなるくもまんしん)。万里方(ばんりまさに) 看(みる)_二汗(あせ)流(ながすを)_一レ血(ちを)。長安壮兒(ちやうあんのさうじ)不(ず)_二敢騎(あへてのら)_一。走過掣電(そうくわせいでん)傾(かたむけて)_レ城(しろを)知(しる)。青糸(せいし) 絡(まとふて)_レ頭(かうべに)為(ために)_レ君(きみが)老(おふ)。何由却(なにゝよつてかへつて)出(いでん)_二橫門道(くわうもんのみちを)_一。 【印「栖霞」】 ------------------------------------------------------------------------------ 高都護(かうとご)は高仙之(かうせんし)西域(せいいき)のおさへの役(やく)都護(とご)を勤(つと)む芦毛(あしげ)の名馬(めいば)のことを云て当時(たうじ)のことを述(のぶ) 胡馬(こば)は大宛国(たいゑんこく)より来た青驄(せいそう)は元(もと)より名高(なたか)い馬(うま)と聞伝(きゝつたへ)たに今(いま)忽(たちま)ち都東(みやこひがし)の方(かた)へ来た此馬(このうま)は 陣中(ぢんちう)へ出てからはかけり廻(まわ)ることならびないのり人(て)の思ふやうに成(なつ)て手柄(てがら)をさする度々(たび〳〵) 功有(こうある)ゆへ太切(たいせつ)に養(かひ)都(みやこ)につれてこられた此馬(このうま)は足(あし)か達者(たつしや)にて飄々(へう〳〵)と飛(とび)かけるやうに流沙(りうしや) を通(とを)つて来(き)た雄姿(ゆうし)はすぐれてつよき也 老馬(らうば)ゆへ飼殺(かひころ)しにすれ共 年寄(としより)ても伏櫪(ふくれき)の 恩(おん)をうけぬ達者(たつしや)な馬(うま)じや何(なに)ぞ兵争(へいさう)のことが起(おこ)ればかけ廻(まわ)り主(しゆ)人に手(て)がらをさせ たいと思(おも)ふ猛気(まうき)今(いま)に元気(げんき)じや踠促(ゑんそく)は前足(まへあし)のふしと爪(つめ)の間(あいだ)の短(みじか)いこと殊(こと)に蹄(ひづめ)高(たか)く 鉄(てつ)を踏(ふむ)がごとく丈夫(ぢやうぶ)にて都護(とご)が西域(せいいき)交河(けうが)あたりを通(とを)る時 層氷(そうひやう)の時分(じぶん)踏(ふみ)さきて 通(とを)り来(き)た馬(うま)のたてがみ結(ゆふ)たを五花(ごくわ)と云 散(ちら)して居(ゐ)るが雲(くも)のやうに身(み)にまとひある 万里(ばんり)を来(き)たゆへ汗血(あせち)をながし来(き)た汗血(かんけつ)踠促(ゑんそく)蹄高(ていかう)踏鉄(たふてつ)皆(みな)名馬(めいば)を相(さう)する すぐれたる駿足(しゆんそく)を云て都護(とご)が才(さい)をほめるであるかゝる名馬(めいば)ゆへ都(みやこ)の若(わか)もの共も 乗(のり)得(え)ぬことに過(すぐ)ること電(いなびかり)のごとく早(はや)い故 都中(みやこぢう)知(し)らぬ者はない青糸(せいし)を頭(かしら)の餝(かざり)としさしも 逸物(いちもつ)そこもとの家(いへ)に養殺(かひころ)すもをしいまだ何程(なにほど)も功(こう)を立(たつ)べく横門(くわうもん)の道(みち)を出(いで)辺塞(へんさい) に手(て)がらをあらはすべきをと云 下心(したごゝろ)は都護(とご)がやうな器量者(きりやうもの)を都(みやこ)に留(とゞ)め置(おか)うより 西域(せいいき)の治(をさめ)にくい処へやつて功(こう)を立(たて)させたがよいと云 意(こゝろ)也