翻刻
送(おくつて)_三孔巣父(こうそうほが)謝(しやして)_レ病(やまひを)帰(き)_二-遊(ゆうするを)江東(かうとうに)_一兼(かねて)呈(ていす)_二李白(りはくに)_一
巣(さう)-父(ほ)掉(ふるうて)_レ頭(かうべを)不(ず)_レ肯(かへんぜ)_レ住(とゞまることを)。東(ひがしのかた)将(まさに)_三入(いつて)_レ海(うみに)隨(したがはんと)_二煙霧(えんぶに)_一。詩卷長留(しけんながくとゞむ)天地(てんちの)
間(あいだ)。釣竿(てうかん)欲(ほつす)_レ拂(はらはんと)珊瑚樹(さんごじゆ)。深山大沢龍蛇遠(しんざんたいたくりようだとをし)。春寒野陰(しゆんかんやゐん)風(ふう)
景暮(けいくる)。蓬莱織女(ほうらいのしよくぢよ)回(めぐらし)_二龍車(りようしやを)_一。指(し)_二-点(てんして)虛無(きよぶを)_一引(ひく)_二帰路(きろを)_一。自是君身(おのづからこれきみがみ)
有(アリ)_二仙骨(せんこつ)_一。世人那(せじんなんぞ)得(えん)_レ知(しることを)_二其故(そのゆへを)_一。惜(をしんで)_レ君(きみを)只(たゞ)欲(ほつす)_二苦死留(くししてとゞめんと)_一。富貴何(ふうきなんぞ)
如草頭露(しかんさうとうのつゆ)。蔡侯静者意(さいこうせいしやこゝろ)有(あり)_レ余(あまり)。清夜置酒(せいやちしゆして)臨(のぞむ)_二前除(せんじよに)_一。罷(やめて)_レ琴(きんを)
惆悵月(ちうちやうすればつき)照(てらす)_レ席(むしろを)。幾歲(いくばくとしか)寄(よせん)_レ我(われに)空中書(くうちうのしよ)。南(みなみの方)尋(たづね)_二禹穴(うけつを)_一見(みば)_二李白(りはくを)_一。道(いへ)
甫問訊今何如(ほもんじんすいまいかんと)。【印「天真」】
------------------------------------------------------------------------------
孔巣父(こうそうほ)は風流人(ふうりうじん)ゆへしはらく見 合(あは)せ給へついに立身(りつしん)もあらうととゞむれども見切(みきり)の
よい人で思込(おもひこみ)し望(のぞみ)が有(ある)によつて頭(かうべ)をふつてうけがはぬ。東方(とうばう)海上(かいしやう)より乗出(のりいだ)し煙霧(えんぶ)の
中(うち)へのり込(こん)で隠者(ゐんじや)となるつもりじや巣父(さうほ)も道人(どうにん)で有(あつ)て天地(てんち)の間 人間(にんげん)へ詩(し)ばかり残(のこ)
し置(おか)るゝ扨(さて)〳〵遠(とを)く煙霧(えんぶ)に随(したが)はるゝは定(さだめ)て仙境(せんきやう)の珊瑚樹(さんごじゆ)などの有(ある)所(ところ)で釣(つり)を
たれ慰(なぐさま)るゝならんと思ひやる其元(そのもと)が深山(しんざん)へ引込(ひきこま)るゝからは龍蛇(りようだ)の様な人に害(がい)あるは
近所(きんじよ)へ寄付(よりつく)まいと云て実(じつ)は安禄山(あんろくさん)をさし云 春(ばる)の比(ころ)にぎやうに有(ある)べきも兵乱(ひやうらん)の節(せつ)
ゆへどこともなく余寒(よかん)迄(まで)きびしいかやうな時節(じせつ)引込(ひきこむ)は尤(もつとも)じや深山大沢(しんざんだいたく)生(しやうず)_二龍蛇(りようだを)_一と云は
左伝(さでん)の語(ご)しや船(ふね)に乗(のり)蓬莱(ほうらい)の方(かた)へ趣(おもむか)るゝによつて仙境(せんきやう)の仙女(せんぢよ)などが龍車(りようしや)をおし
迎(むかひ)に出(いで)そこ元(もと)のござる虚無(きよぶ)の御座敷(おざしき)はあれじやとゆびさし帰路(きろ)を引導(いんだう)し行(ゆく)で
あらうそこもとに仙骨(せんこつ)有(ある)ことは一 通(とをり)の者(もの)はしらぬ余(あま)り残念(ざんねん)さにせつなくとも留(とまり)て
くれ給へと云が足下(ごへん)の心底(しんてい)をしらぬによつてめつたに留(とめ)たがる足下(ごへん)は世(よ)の富(ふう)
貴(き)は草頭(さうとう)の露(つゆ)よりもろしと思てゐらるゝ蔡侯(さいこう)は此(この)時 餞別(せんべつ)のふるまひなどす
る人 蔡氏(さいし)のものそうな静者(せいしや)と云は謝礼運(しやれいうん)が詩(し)にある通り静閑(せいかん)の義(ぎ)て俗(ぞく)をは
なれ風流(ふうりう)なことに作(つく)るかうした人が巣父(さうほ)に同心(どうしん)して前除(ぜんじよ)のえんばなで酒(さけ)もり
をする御 亭主(ていしゆ)の蔡侯(さいこう)は風流(ふうりう)な人て官(くわん)人ながら意(こゝろ)あまり有しばらく琴(きん)
をやめて席上(せきしやう)をてらす月(つき)を詠(ながめ)て静(しづま)りかへつて居(ゐ)る内(うち)にもあすはわかるゝと
おもひみれば惆悵(ちうちやう)とかなしくなる其元 仙境(せんきやう)へひきこみ仙人(せんにん)にならるゝが我(われ)ら
ごとき下界(げかい)の者(もの)へ空中(くうちう)より書(しよ)を賜(たまは)らうかそれもなるまいと思へばいよ〳〵
名残(なごり)がをしいこの比(ころ)聞(きけ)ば南(みなみ)の方(かた)禹穴(うけつ)の辺(へん)に李白(りはく)がうろたへて居(ゐ)るげなそこ
もと御 逢(あひ)なされたなら今はどうして居(ゐ)るぞと杜子美(としみ)が問訊(もんじん)したと云て下(くだ)
されもんじんとはとひたづぬること也 月(つき)と云をうけ空中(くうちう)と云た