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週刊 デンキカン・ニユーズ 第九十一号
(五)
【右頁上段】
内外
D坊
次回上場映画について
次回は快男子レイ氏大野球劇The Busher'
名優フアーナム氏大作『噫無情』又は名監督
ターナー氏作品デ ミル氏作品中より撰抜
上映すべく、然し『レ、ミゼラブル□【』】は或は
帝劇葵にて試写公開の上□【来?】る十月中旬Dに
上□【場?】さるべきか、尚協議中である。
カスリン嬢特作品来る
パラマウント社ヒユー、フオード氏監督
芸術作品 (神の賜りし女) 全六巻
"WOMAN THOU GAVEST ME"
By Hall Caine, Scenario by Beaulah【Beulah】 Marie Dix,
Directde【Directed】 by Hugh ford
Mary MacNeil【MacNeill】 ......... Katherine MaeDonald【MacDonald】
□ord【Lord】 Raa .............................. Jack Holt
Daniel MacNeill ............ Theodore Robertt【Roberts】
Martin Conrad ..................... Milton Sills
Alma Li□r【Lier】 ........................ Fri□ri【Fritzi】 Brunette
【右頁中段】
虚か実かメリー嬢の訃報
数日前都下二三の新聞紙は巨星ピツクフオ
ード嬢の毒殺説を伝ふ。其□【後?】詳細の通信な
く目下夫君ドクラス氏と共に欧洲に在るは
事実なれども恐らく誤報なるべし。
大剣小拳
興業道徳について
天声子
特許権がなかつたならば、その発明権を
浸【侵】害されると云ふことは既に道徳の行詰り
である。何時か富士と倶楽部と、近く有楽
で喜劇映画に『ニコニコ』の名を冠して興行
したことがある。それは取りも直さずDの
発明権を侵害したものである。
『世界の心』は国技館興行後焼捨てる事を
世人に誓つて居る。実際的に焼捨てゝ了つ
たものだと思ふ。処がそれが神戸や大連に
上映してゐると云ふ噂がある。また惜しい
から再び東京で公開すると云ふ噂もある。
その噂か事実とすれば大変な背徳である。
『赤燈籠』で色んな問題が持上つてゐた。
Dが□時に『ロンウルフの娘』に赤提灯の名
を冠して物議を醸したことがある。彼れも
是れも不徳義である。
新作品を標謗【榜】して立つた大活が、近来盛
んに古物を出してゐる。殊に何時が最う二
三年前Dで見せたドグラスの古物品を而も
題名を変へて上場し、とも知らずに私等の
一杯喰はされたことは背徳問題でゐる。
【右頁下段】
こうして列べ立つて見ると、まだ其他に
色んな事もあるだらう。近くばDが二三週
前から予定されてゐたドクラス夫妻の記念
興行に対して、Cがドグやハムを出して而
も『ニコニコ』の名を冠してやるとかは、不
徳義でもあるし余りに喧嘩面である。
近所に芋やか出来て、よく売れるので隣
りでもお向ひでも芋やを初め出すのと同一
筆法だ。見てゐて余り気特【「持」の誤植か】のいゝものぢや
ない。
今日の活動写真業は昔の所謂興行師では
なく立派な実業の一つである。否更に進ん
で娯楽と云ふ人生の或者を司つてゐる上に
於て最つと真純、誠実であらねばならぬ。
切に当業者の反省を促す。
おことわり
夢想兵衛
貴『デンキカンニユース』第八十二号及第
八十四号紙上、匿名夢想兵衛の御寄稿有之
候。なほ□【此?】の外にも散見せる由友人より知
らせ来り候。小生は十数年来夢想兵衛の匿
名を以つて文筆生活を□【営?】み居り候。
勿論この匿名は何人が使用するとも小生に
於ては、只その人の徳義心を疑ふまでにて
別に抗議すべき性質のものには御座なく候
が 曽ても某地方新聞に小生の夢にも想は
ざる小説が、夢想兵衛と署名して連載せら
れ居り候ため、迷惑したること有之候。
かゝる次第にて時々同名異人なる夢想兵衛
現はれ申候。貴紙上のそれも正しく小生な
らざる人に有之候に付、此段紙上余白を割
愛して、此全文御掲載御断り下され度願上
候。敬具。―――大正九、九、一五
【中央】
寄稿
歓迎
映画に関する論文や感想や批評や希望などの御寄稿を望みます
別に行数などに制限なく可成優秀なものを…………。(入賞毎週一章)
D坊
独歩
大正九年九月二十四日発行 定価一部三銭郵税二銭
発行編輯兼印刷人 森田勝祐
浅草公園六区三号八番 デンキカン社
電話下谷三六二二・五七七七
【左頁上段】
魂は叫ぶ
秋嶺夢人
澄み渡つた此頃の空は、あの有名なロシ
ヤの民謡『雁の歌』を思ひ出します。
『私の凛々しくいそしむ楽しい時は来た。
私は思ふ存分私の力の及ぶ限り働いて私
の未来の愛の楽園を培養しなければなら
ない。さ!行きませう、共に。
愛鳥は銀笛を吹きつゝ群る黒鳥に一瞥を与
へて芸術の森へ飛んで行きました。□処に
はメリー鳥やマレー鳥やドグラス鳥か居て
愛鳥を喜び迎へました。
やがてお芝居か始りました。マレー鳥が
得意の夢幻劇『赤ちやん嫁』を演じ出しまし
た。純真と無邪気とをコンデンスしたシー
ンは人々の心を幽境に導く。軽い、淡いラ
ブリングは低く、高くトーンを追ふて。
あの□のゆれ葉に軽いセイルを浮ばせた
灰色の月のまに〳〵、流れゆく船になぞら
へて『晩夏のばら』の一曲を奏でた。あの詩
的なマークの一つだけでも永久にインプレ
ツスして下さい。初めの三つのパートこそ
真に美しい絵画でした。後半はケートがニ
ユーヨークに行つた時の気分の様に、可成
惶しい欠点と失望に充されました。
奇人ハウデイニ
吉田幸男
白熱的喝采裡に公開された『猛襲』劇。
筋は連続物を気持よく纏めた様なもので一
点の非難すべき点を認めなかつた。且全篇
を通じてハウデイニ氏の熱烈なるアート或
は彼の生涯を通じての戦慄すべき必死的大
冒険を激賞したい。そして偉大なる彼を見
【左頁中段】
るにつけ『人間タンク』の面影を想ひ浮べて
当時の彼、今後の彼の活躍など面白い空想
を描いて見た。
曽て独帝カイゼルを凹ましたる偉人ハウ
デイニ!是に於て監獄或は精神病院よりの
冒険的逃走、空中の妙技等たゞに奇人たる
のみならず実に大冒険家と称するも過言で
はあるまい。斯くの如き大冒険は一に彼を
して益々奇人たらしむる所以である。
赤ちやん嫁
邦三生
独りぼつちで野に咲いた可憐な乙女!
浮世の荒浪風と闘つて遂に青年の暖い腕に
抱かれるまでの経路は、恰で一篇の詩を綴
つた様に清く、美しいものでした。真実の
恋を知り初めたケートの前には、まだ多く
の魔の手が襲ふてゐた。けれど……
『私は他の何者よりも私の夫を愛します』と
云ふ心からの叫びは、二人の間に永久の幸
福を齎しました。夢幻的な淡い恋物語は斯
くして静かに終ります。
此劇に於けるペレ氏の監督は実に繊細を
極めたもので、絵画化す点に於てターナー
とは別種な特長を示して居ります。
マーレー嬢のアートはピツクとギツシユ
と加味した様な芸風だと思ふ。一体に誇大
し過ぎた風やギス〳〵した所が多いと云は
れますが、又たまらなくデリケートな感を
与へる。それ等がすべて嬢の長所であり境
地であり価値であるのでせう。
ムーレーさんに
可津次
『手に取るな矢張り野に置け蓮華草』とは
矛盾した言葉だ。人間の偉大な力は斯くま
【左頁下段】
で自然を美化すると云ふのか『恋のABC』
の骨子となつてゐる。可憐なケートはムー
レーさんに依つて演ぜられてゐて、何時も
涙を眼にたゝへさせて呉れる、技巧的なア
ートは一層嬉しく思はれた。ほんとうに弱
い女にもあれだけの心はあるのだ。あれが
女の真の心かも知れない。私は弱くても心
の強い女が、女の中に一番傑いのだと思つ
てゐる。そしてムーレーさんを見てゐたら
こんなことか口の先へ出て仕舞つた。
「白いほんとうに白い。お乳の様に濃い。
そして兎□【の】毛―――のやうに柔かい。
朝靄は――ケンタツキーの後から、お顔
を出した太陽に。段々晴れて行きました。
青い花、赤い花は。眠つてる。そのお顔
にキラリと。輝やいた、高原の露【?】。
それが私のムーレーさんでありました。
二つの感想
恒四郎
夢幻的の芸術を適確な可能性□【と?】標謗【榜】して
映画面に躍動する時、私達の望む一幅の絵
画なり、一条の詩歌は精□【神?】上の一切を現出
する。私はそれを知る。そしてマレーを讃
へるに此センフ□【イ?】が言葉が重寵である。
野茨の中に迷ひ込んだ純白な兎は、情深
い猟人の手に救はれた―――斯うした直訳
的な語を□【以?】て『赤ちやん嫁』を価値づけるの
は無謀である。野生の花、虚らない人の常
としてその□情は極めて熱烈である。些の
反感があればあの瑠璃色の顔を曇らして泣
くケート。拗ねた時、嬉しい時その折々の
マレーの心理表□【現?】は間隙も入れぬ。
『猛襲』は兎も角偉大な映画だ。高楼の墜
落ー【「!」か】空中の放れ業!思ひ出しても戦慓【慄】する
程だ。私は彼の奇蹟と冒険を激賞する。
(六)
週刊 デンキカン.ニユーズ 第九十一号