翻刻
《割書:中村玉助追善狂言| 熊谷直実》 《割書:三代目|《題:中村芝翫》》 長谷川貞信画 本清
乍憚口上
狂言なかばには厶り升れどちよと是にて御断申上奉り升る當盆替り儀は何を
かな仕り升たらば御町中さまの思召に相叶ひ升ふそといろ〳〵相談中御聞及びも
厶り升ふ兄中村玉助義歌唄院宗讃日徳信士と改名仕り升て思ひもより升ぬ西方
弥陀の浄土へ當七月廿五日の朝五ツ時に乗込致され誠に私共の為には親共兄とも師匠
とも思ひ升る人を失ひ升たる事ゆえ暗夜にともしびを消升たる心地致されとう
わくいたしおり升たる所去御贔負御旦那樣御両三人より仰被下升るには是は亦
どふした事じやいつ〳〵迠歎いてゐた迚死だ玉助がかえつて
来るではなし躮芝翫もある事なればなき玉助への追善に
ならば芝翫を取立中村一座の者ども又源之助与六も倶に
申合して何成とも玉助の仕来つた狂言をさすがよからふ
歎いてゐる所では有まいとだん〳〵との御すゝ
めに預り誠に未熟成只今の芝翫には厶り
升れど玉助存生の内も色々教置升たる
狂言の内此一ノ谷熊谷役をとりあへず相勤させ升る
よふにムり升るほんの俤を御覧被遊升ると思召あしき所は御呵り被下
御差図を請升て成共相勤させ升れば嘸かし兄玉助も冥途より
□【悦ヵ】ばれ升ふかと存升ての義是と申もよはきを助る御当地の御気風を
ちから草只何事も御ひいき御取立を持升て兄玉助同前に相かわらず
芝翫義を御とり立の程つらりつと希上奉り升る 中村富十郎