翻刻
【右丁】
【朱筆】
巻二に頼家将軍ノ時諸国の田文を召出す歟源性に仰せて勘定せしめ治承養和より此方
新恩の領地毎人五百町に限り其餘田を召放ちて無足の近習に下さるへき由御沙汰あり又太
平記巻卅五に貞應に武蔵前司入道日本国の大田文を作て荘郷と分て貞永に五十一箇
條の式目を定て裁許に滞らす云々 和訓栞にたぶみ東鑑に田文と見たり田地の文
藉也神鳳抄にも田文ニ曰と引り津国豊嶋郡南郷村社司の今西氏に田文といふもの
ありくず紙のことくはゝ一寸あまりたてにけい引て亦横四けいありて山川田畑墓原なと
一々横に書てあり其最初に文治五年御検注加納田畑取帳とあり前に垂水ノ郷御枚
檀坂とてあり封の内には勅旨田不輸田なといふことあり不輸田は一人受持て回り持にさぜる
田地のことなるへしといへり又輶軒小録にも此事を記して南郷村春日の社司に傳ふる歟しいへり
【左丁】
【朱筆】能登珠洲郡直郷南方村字三抔助兵衛所蔵
丈曲一尺一寸二分 幅七寸六分
【縮寫】 覚
一鈴郡山□□羽根のほゝ内心はな
かけ堂元ノしやくのごりん石きり
はたのとろの木を境黒嶺辻堂
法立山釣がねの瀬北山のきどの口
間浦のさかさま川切候