賀茂社関係文書翻刻プロジェクト

コレクション: 賀茂社記録

賀茂社記録. 第61冊 - 翻刻

賀茂社記録. 第61冊 - ページ 33

ページ: 33

翻刻

   しかれとも十四日快晴にて漸鴨上下とも    橋出来候而皆々安堵之思をなし申候    私とも十三日下鴨入口迄見分ニ参り候処    一向橋之気なく只人数のみ多ク出て居候也    噂には御車ハ下鴨へ行又■と申居候故甚    心遣致し候処左もなく悦入候只一両日    祭早ク候得ハ甚難儀ニ有之と皆々申居候    土手通室町頭出■■上之方にて凡輪    二三拾軒計奥へ三軒斗切込有之候而    御通行甚あふなく候が当日にハ早々    大俵入有之候ケ様之儀ハ神武以来    無事ニ古人も被申候先年三十五ヶ年以前    大雨にて当日ニ相成葵橋落候而其日    延引ニ相成候由しかれとも延引と申事ならねバ    御所ニ其侭詰居候而甚困候由然れ共    其節ゟも当年ハ大水ニ而有之候哉土手    切候由其外土手通裏切数ケ所ニ有之候    是も今一両日早ク候得ハ其節之様成物かと    存候得ハ甚気味悪ク存候しかし    左様之愁なく是非能御通行之事    甚以悦申候 《割書:八日淀伏見ハ大水にて御座候由 十三日迄伏見御舟往来之由 桂川壱丈五尺増水候由川筋一切無橋》