翻刻
大昔(おほむかし)《割書:宝永|四年》地震津浪聞書
宝永四年《割書:嘉永七寅迄|百四十八年に成》十月四日未上刻大坂大地震
に付舟にて内川【うちがわ=支流】に遁(のがれ)居候所 俄(にはか)に津波にて破船(はせん)シ皆々 死(しに)申候
《割書:南組|北組》 地震にて潰家(つぶれいえ) 六百二十【拾】軒
南組 同 押打(おしうたれ)死人 三千六百二十余【弐拾餘】人
北組 同 二【弐】千三百三十一【拾壹】人
南組 つなみにて水死(すいし) 一【壹】万二【弐】千人
北組 同 一【壹】万二【弐】千三十【拾】人
落橋(をちたるはし) 二十二【弐拾弐】 折橋(をれたるはし) 四ツ
道頓ぼり汐込(しほごみ)にて廻船大小百二十七 艘(そう)日(につ)
本(ぽん)ばし迄いやがうへに押来り此処【處】にて留り微塵に成
死人惣合二【弐】万九千九百八十一【拾壹】人
枚方(ひらかた)にて川船 数艘(すそう)打破人家押流し此所にて津浪止る