翻刻
安学成即足……
勧学坊了翁僧都(くはんかくはうれうをうそうつ)……
諸国(しよこく)を経歴(けいれき)し……
常念仏堂(しやうねんふつとう)
宗廟(そうへう)
坊舎(はうしや)凡(をよそ)三十五 宇(う)
忍(しのふ)の岡(をか) 《割書:古(ふる)き名所(なところ)にして当山(たうさん)の総名(そうみやう)なり八雲御抄(やくもみしやう)をよひ歌枕名寄(うたまくらなよせ)等(とう)にも武蔵(むさし)の国(くに)に|いれたり》
按(あんする)に当山(たうさん)の総名(そうみやう)を上(うへ)野と号(かう)す或人云むかし藤堂侯の邸宅ありし頃(ころ)本国(ほんこく)伊賀(いか)
の上野(うへの)に地勢(ちせい)相似(あいに)たるをもつて名(な)とすとなん是 大(おほい)なる誤(あやまり)なり永禄(えいろく)二年 小田原(をたはら)北条(ほうてう)
家(け)分限帳(ふんけんちやう)に島津(しまつ)孫四郎をよひ円城寺(へんしやうし)左馬助 等(とう)江戸(えと)知行の中に上野(うへの)の地名(ちめい)を
加(くは)ふよつて古(ふる)くより唱(とな)へ来る事のあきらかなるをしるへし
北国記行 むさし野のさかひ忍(しの)ふの岡(をか)に優遊(いう〳〵)しはへり鎮座(ちんさ)の社(やしろ)五条(ごしやう)の
天神(てんしん)とまうしはへりおりふし枯(かれ)たる茅原(ちはら)を焼(やき)はへり