翻刻
契(ちき)りをきてたれかは春(はる)のはつくさにしのひの岡(おか)の露(つゆ)のしたもえ 尭恵
四国雑記
しのふれ岡(おか)といへる所(ところ)にて松原(まつばら)のありけるかけに
霜(しも)の後(のち)あらはれにけり時雨(しぐれ)を
二王門(にわうもん)
明和(めいわ)九年の回録(くはいろく)に焦土(しやうど)となりて
今礎石(そせき)はらりと存(そん)せり
額(かく)東叡山(とうえいさん)大明院宮公弁法親王真筆(だいみやういんのみやこうへんほうしんわうしんひつ)
柳開山慈眼大師諱(そもくかいさんしかんたいしいえる)は展開南光坊(てんかいなんこうぼうと)号(ごうす)奥州会津郡高田郷(あうしうあいづこおりたかたのごう)の人姓(ひとせい)は三浦氏(みうらし)なり
足利法住院澄(あしらくほふちやういんよしすみ)の子とも
或(あるひ)は蘆名修理古夫盛高(あしるしやうのたいふもりたか)の一族(いちぞく)ともいへり されど