Code4Lib JAPAN ✕ みんなで翻刻

コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

豊橋志要 - 翻刻

豊橋志要 - ページ 56

ページ: 56

翻刻

【右頁】                     △二  車場より一里餘 妙嚴寺    は寶飯郡豐川町にあり曹洞宗に屬す寺内に陀枳尼尊天を祀る世に豐川稻  荷と稱するは即ち之なり豐橋市吉田驛より豐川鐵道によりて此處に至る豐橋を去る凡  そ二里 三明寺    は寶飯郡豊川町にあり豊川鐵道豐川驛を去る僅に五六町にして境域極め  て幽邃なり辨天の像を祀る三河國主大江定基の崇敬せし處にして寺内の三重塔は特別  保護建築物たり 國府の跡   は寶飯郡國府町の地なりと傳ふ北一里許の處八幡村に惣社及八幡社あり  又國分寺の遺跡を存す御油停車場を去る里許 長篠古戰場  は南設樂郡長篠村にあり天正三年武田勝賴德川家康の將奥平信昌を此城  に圍みしが家康織田信長と來り之を援くるに及び勝賴の敗走せし處なり今尚城址を存  す豊川鐵道大海驛を去る八町許 第十五師團司令部    は渥美郡高師村にあり豐橋市街を去る七町許通稱十三本塚と 【左頁】  稱する高地にあり市街より新道を通じ之に接して歩兵第六十聯隊砲兵第廿一聯隊輜重  兵第十五大隊騎兵第十九聯隊陸軍病院兵器支廠監獄等各種の建築物あり又騎兵第四旅  團も之に隣りて頗る壯觀を極む明治四十一年の新設なり 牟呂新田   は渥美郡牟呂吉田村海岸にあり毛利祥久氏の創築にして今は神野金之助  氏の所有なり總反別壹千九拾六町八反歩にして明治二十六年四月十五日を以て起工し  同三十年四月十五日を以て竣る周圍の築堤は多く人造石を以て之を固む 岩屋山    は渥美郡二川町に屬せる小山にして高師原の一角にあり山上觀音の銅像  を安置す明和二年江戸谷中より寄進せる處なりと云ふ山腹に觀音堂あり二川驛を去る  六七町にして東海道鐵道の北側にあり                     △三