翻刻
【右丁】
文政年中 蘭人(らんしん)肥前(ひせん)長崎(なかさき)へ東亜黒利加州(ひかしあめりかしう)に産する処(ところ)の巴豆の写生(しやせい)
を持来(もちきた)る其(その)形状(かたち)茎紅黄色にして互生(こせい)す葉は胡麻(こま)に似て闊(ひろ)く又 苧(ちよ)
麻(ま)の葉(は)に似(に)て尖(とか)りあり周(めく)りに疏(あら)き鋸歯(かゝり)あり枝の梢(こすへ)に穂(ほ)をなして数(す)
顆を結(むす)ふ縦(たて)に稜(かと)ありて瓜(うり)に似(に)て小く又 続随子(そくすいし)#1に似て一 顆(くは)に三 箇(こ)
を包(つゝ)む一子(いつし)の形状(かたち)舶来(はくらい)の実(み)に似(に)たり花の形(かたち)は図(つ)せすといへとも
蘭人(らんしん)の説(せつ)に花は穂(ほ)をなして鬚(ひけ)の如(こと)く其色 珊瑚(さんこ)の如し枝葉(ゑたは)を切(き)れ
は白汁(はくしう)出(いつ)るといへり是(これ)即(すなは)ち頌(せう)の説(せつ)に今(いま)嘉州(かしう)眉州(ひしう)戎州(しうしう)皆(みな)有(これ)
《振り仮名:_レ之|あり》木(き)高(たか)#2一二 丈(しやう)葉(は)《振り仮名:如_二桜桃_一而|あふとうのことくにして》#3厚(あつく)大(おほいに)初生(しよせい)青色(せいしよく)後(のち)漸(やうやく)黄赤(わうせき)《振り仮名:至_二|しう》
十二月(にくはつにいたり)#4葉(は)漸(やうやく)稠(ちうし)二月 復(また)漸(やうやく)生(せうす)四月 旧葉(きうやう)落尽(おちつくす)新葉(しんやう)斉(ひとしく)生(せうす)即(すなはち)
花発(はなをはつし)《振り仮名:成_レ穂|ほをなす》微(すこし)黄色(わうしよく)五六月 結実(みをむすふ)《振り仮名:作_レ房|ほうをなす》生青(なまはせい)至八月(はちくはつにいたり)熟而(しゆくして)黄(わう)
《振り仮名:類_二白豆蔲_一|ひやくつくにるいす》漸々(せん〳〵に)自(おのつから)落(おはる)乃(すなはち)《振り仮名:収_レ之|これをおさむ》一房(いちほう)《振り仮名:有_二 二弁_一|にへんあり》一 弁(へん)乙子(にし)#5或(あるいは)三(さん)
子(し)子(み)《振り仮名:仍_レ有_レ殻|こくあるによつて》《振り仮名:用_レ之|これをもちゆるに》《振り仮名:去_レ殻|こくをさる》といへるに由(よつ)て考(かんか)ふれは花の形色 相(あい)合(には)
す#6といへとも蘭人(らんしん)の説(せつ)なるに由(よつ)て暫(しはら)く載(の)す時珍の説に由(よつ)て考(かんか)ふ
れは能(よく)合(あへ)りとす其説(そのせつ)に子(み)及(およひ)仁(にん)皆(みな)《振り仮名:似_二海松子_一|かいせうしにたり》#7と云り此説に由(よ)れは
頌(せう)の説(せつ)の花実(はなみ)の形状は違(たかへ)りとなすへし
【左丁】
同
舶来(はくらい)の種 薩州(さつしう)へ渡(わた)り生して実を結(むす)ひ其実(そのみ)江戸に《振り仮名:来|き【「た」脱】》り生する物(もの)
なり樹(しゆ)直立(ちよくりつ)して枝葉(ゑたは)互生(こせい)し一葉の形状桜#3の葉(は)に似て厚(あつ)く先(さき)尖(とか)り
嫩苗(わかめ)紅色を帯(お)ひて美(うつ)くし梢(こすへ)に穂(ほ)をなして五弁の小き白花を開(ひら)く
形こゝめさくらの花に似(に)たり実(み)は結(むす)ふといへとも熟(しゆく)せす此物の形状を
以て前条(せんしやう)の写真の図を考(かんか)ふるに葉の形状(かたち)は相 似(に)たり花色の異(こと)
なるは同物(とうふつ)にして花の色のみ変(かわ)るものなるへし