翻刻
【右丁】
【図】
【枠内】神主
【枠内】楼門
【枠内】住吉
【枠内】惣門
【左丁】
安房国東條御厨被付會賀次郎大夫生倫訖為
一品房奉行遣両通御寄進状《割書:下略》
寄進 伊勢皇太神宮御厨壹処
在武蔵國飯倉
右志者奉為 朝家安 為成就私願殊抽忠丹
寄進状如件
寿永三年五月三日
正四位下前右兵衛佐源朝臣
《割書:按(あんする)に當社(たうしや)を飯倉神明宮(いひくらしんめいくう)と称(しよう)し奉(たてまつ)るは旧(もと)飯倉(いひくら)の地(ち)にありし故(ゆゑ)にしか称(しよう)|するなり其(その)地(ち)は正(まさ)に三縁山(さんえむさん)今(いま)の飯倉天満宮(いひくらてんまんくう)の社辺(しやへん)なり飯倉(いひくら)と云(いふ)は往古(わうこ)|此地(このち)に伊勢太神宮(いせたいしんくう)の御厨(みくりや)ありし故(ゆゑ)に地名(ちめい)を飯倉(いひくら)と唱(とな)へ又/伊勢(いせ)の|御神(おほんかみ)を齊(まつ)りしなるへし猶(なほ)飯倉(いひくら)の条下(てうか)に詳(つまひらか)なり又/東鑑(あつまかゝみ)に同年正月|武蔵國(むさしのくに)大河土の御厨(みくりや)を豊受太神宮(とよけたいしんくう)の御領(こりやう)に寄附(きふ)の事/抔(なと)あれは一國(いつこく)の|内(うち)にもこゝかしこにありしなるべし》
社記云(しやきにいはく)人皇(にんわう)六十六代 一條帝(いちてうてい)の寛弘(くわんこう)二年乙巳九月十六日
伊勢皇太神宮(いせくわうたいしんくう)を鎮座(ちんさ)なし奉(たてまつ)る《割書:其時(そのとき)神幣(みてくら)と大牙(おほきは)一枚(いちまい)此地(このち)に|天降(あまくた)る又/此地(このち)の童女(とうによ)に神託(しんたく)》
《割書:ありて彼(かの)二種(ふたくさ)のしるしをあらはして此地(このち)に跡(あと)を|とゝめ給はんとなり依(よつ)て當社(たうしや)を営(いとな)み奉るとそ》其後(そののち)建久(けんきう)四年癸丑/右大将(うたいしやう)
頼朝卿(よりともきやう)下野國(しもつけのくに)奈須野(なすの)の原(はら)狩猟(しゆりやう)の時(とき)當社(たうしや)の神殿(しんてん)に宝剣(ほうけん)