翻刻
【右丁】
遷(うつ)され再(ふたゝ)ひ威霊(ゐれい)あるによつて又こゝに安(あん)すといふ金地院(こんちゐん)と書(しよ)
せし三/大字(たいし)の額(かく)は水雲(すゐうん)寫とあり方丈(はうちやう)同(おなしく)涬溟筆(かうめいのふて)薦福殿(せんふくてん)
岩元雄(かんけんいゆう)の書(しよ)塔中(たつちゆう)二玄庵(にけんあん)の額(かく)も同筆(とうひつ)なり本尊(ほんそん)観世音(くわんせおん)の
像(そう)は大の月/三月(みつき)続(つゝき)たる中の月の十八日には開帳(かいちやう)あり
光明山(くわうみやうさん)天徳寺(てんとくし) 和合院(わかふゐん)と号(かう)す西久保(にしのくほ)神谷(かみや)町にあり花洛(くわらく)
智恩院(ちおんゐん)に属(そく)す浄家(しやうけ)江戸四箇(えとしか)の一にして紫衣(しえ)の地たり
支院(しゐん)十七/宇(う)あり本尊(ほんそん)阿弥陀如来(あみたによらい)は行基大士(きやうきたいし)の作(さく)開山(かいさん)は
三蓮社縁誉称念(さんれんしやえんよしようねん)上人なり師(し)諱(いみな)は吟翁(きんをう)武州/品川(しなかは)の邑(むら)に
生(うま)る《割書:父(ちゝ)を藤(ふち)田/左衛門尉道昭(さゑもんのしやうみちあき)と云|母(はゝ)は冨永氏(とみなかうち)或(あるひ)は云/冨田氏(とみたうち)》九歳(くさい)にして甫(はしめ)て増上寺(そうしやうし)第七世(たいしちせ)親誉(しんよ)
上人に従(したか)つて薙染(ちせん)す聡明絶倫(さうめいせつりん)なり師(し)の遷化(せんくゑ)に及(およ)ひて北(ほく)
総飯沼(さういひぬま)の弘経寺(くきやうし)に至(いた)り鎮誉和尚(ちんよおしやう)に謁(えつ)して浄土一乗(しやうといちしやう)の大
戒(かい)を受(うけ)十六歳/岩附(いはつき)の浄國寺(しやうこくし)に住(ちゆう)し大(おほい)に法輪(はふりん)を轉(てん)す志(こゝろさし)猶(なほ)
世塵(せちん)を厭(いと)ふか故(ゆゑ)に後(のち)古郷(こきやう)に帰(かへ)りて天智/庵(あん)《割書:知或は又|地(ぢ)を作(つく)る》を草創(さう〳〵)す
【左丁】
今(いま)の天徳寺(てんとくし)是(これ)なり《割書:天文(てんふん)二年の草創(さう〳〵)といふ先師(せんし)親誉(しんよ)を以て開山祖(かいさんそ)とし|自二世に居(を)る舊地(きうち)は西丸(にしのまる)御城(おんしろ)の邊(へん)なりしといへり》
師(し)弥(いよ〳〵)遁世(とんせい)の志(こゝろさし)深(ふか)く一包破笠(いつはうはりつ)を携(たつさ)へ錫(しやく)を荷(にな)ひて洛(らく)の知恩院(ちおんゐん)に
至(いた)り傍(かたはら)に一/精舎(しやうしや)を建(たて)て住(ちゆう)す是(これ)を一心院(いつしんゐん)と号(かうす)《割書:一心院(いつしんゐん)は念佛三(ねんふつさん)|昧(まい)の一本寺(いつほんし)也》
昼夜(ちうや)不退(ふたい)に常行念佛(しやうきやうねんふつ)を修(しゆ)し新(あらた)に念佛三昧(ねんふつさんまい)の法則(はふそく)を製(せい)
し永世(えいせい)の標準(ひやうしゆん)とす今(いま)諸國(しよこく)厭悠(ゑんたん)の道場(たうちやう)此法式(このはふしき)を以(もつ)て定矩(ちやうく)
とす《割書:花洛(くわらく)市原野(いちはらの)の専称庵(せんしようあん)上嵯峨(かみさか)の称念寺(しようねんし)下嵯峨(しもさか)の正定院(しやうちやうゐん)桂(かつら)の極(こく)|楽寺(らくし)田井の會念寺(ゑねんし)淀(よと)の念佛寺(ねんふつし)等(とう)を草創(さう〳〵)する事/少(すくな)からすいつ》
《割書:れも不断念仏(ふたんねんふつ)|の道場(たうちやう)とす》天文(てんふん)廿三年の秋(あき)一心院(いつしんゐん)に寂(しやく)す實(しつ)に七月十九日なり
化壽(くゑしゆ)四十一と聞(きこ)えし《割書:今(いま)世間(せけん)用(もち)ゆる所(ところ)の二連数珠(にれんすゝ)も師(し)の製(せい)する所(ところ)|にして是(これ)を貫輪(くわんりん)といふ佛号(ふつかう)を唱(とな)ふるの徒(ともから)》
《割書:此(この)念珠(ねんしゆ)を用(もち)ひ|さるはなし》
城山(しろやま)西窪(にしのくほ)土岐山城侯(ときやましろこう)の藩邸(やしき)の辺(へん)を云(いふ)土俗(とそく)熊谷次郎直實(くまかやのしらうなほさね)の
城跡(しろあと)といひ傳(つた)ふるは誤(あやまり)なるへし昔(むかし)熊谷氏(くまかやうち)の人(ひと)の居宅抔(きよたくなと)有(あり)
し地(ち)ならんかし同所(とうしよ)神谷(かみや)町にかゝる所の石橋(いしはし)を熊谷橋(くまかやはし)と号(なつく)るも
故(ゆゑ)あるへけれと今(いま)傳説(てんせつ)詳(つまひらか)ならす《割書:菊岡沾涼(きくをかせんりやう)云/此所(このところ)は昔(むかし)麻布(あさふ)|殿(との)とかやの出丸(てまる)の地(ち)なりしと云》