翻刻
【右丁】
引(ひき)かけて飛様(とふやう)に逃(にけ)たると申出(まをしいて)て此をのこを尋(たつぬ)るになかり
けり論(ろん)なく本(もと)の國(くに)にこそ行(ゆく)らめと公(おほやけ)より使(つかひ)下(くた)りて追(お)ふに
勢田(せた)の橋(はし)こほれて得(え)行(ゆき)やらす三月(みつき)といふにむさしの
國(くに)にいきつきて此をのこを尋(たつぬ)るに此(この)御子(みこ)公(おほやけ)使(つかひ)をめして
我(われ)さるへきにやありけん此(この)男(をとこ)の家(いへ)ゆかしくてゐて行(ゆけ)と
いひしかはゐて來(きた)りいみしくこゝあかよく覚(おほ)ゆこの男(をとこ)罪(つみ)
しきうせられは我(われ)はいかてあれと是(これ)も前世(さきのよ)に此國(このくに)に
跡(あと)をたるへきすくせことありけめはや帰(かへり)て公(おほやけ)に此(この)
よしを奏(さう)せよと仰(あふせ)られけれはいはんかたなくてのほりて
御門(みかと)にかくなんありつると奏(さう)しけれは云(いふ)かひなし其(その)男(をとこ)
を罪(つみ)しても今(いま)は此宮(このみや)をとりかへし都(みやこ)にかへし奉(たてまつ)る
へきにもあらす竹柴(たけしは)のをのこにいけらん世(よ)の限(かき)り
むさしの國(くに)を預(あつけ)とらせて公事(おほやけこと)もなさせしたゝ宮(みや)に
【左丁】
其(その)國(くに)あつけ奉(たてまつ)らせ賜(たま)ふよしの宣旨(せんし)下(くた)りけれは此(この)家(いへ)を
内裡(たいり)のことく造(つく)りて住(すま)せたてまつりける家(いへ)を宮(みや)なと
うせ給ひにけれは寺(てら)になしたるを竹柴寺(たけしはてら)といふ
なり云々
亀塚(かめつか) 済海寺(さいかいし)の北(きた)に隣(とな)りて隠岐家(おきけ)の別荘(べつさう)の地(ち)にあり
《割書:昔(むかし)は竹柴寺(たけしはてら)の境内(けいたい)なりしを御開國(こかいこく)の頃(ころ)地(ち)を割(わり)て隠岐家(おきけ)の別荘(へつさう)に|給ふ故(ゆゑ)に此時(このとき)亀塚(かめつか)は隠岐家(おきけ)邸(やしき)の内(うち)に入(いり)たりとそ其(その)塚(つか)のかたはらに其(その)主(しゆ)の》
《割書:建(たて)られたる亀塚(かめつか)の|碑(ひ)と称(しよう)するものあり》相傳(あひつた)ふ往古(そのかみ)竹柴(たけしは)の衛士(ゑし)の宅地(たくち)に酒壺(さかつほ)あり
其(その)もとに一(ひと)つの霊亀(れいき)栖(すめ)り後(のち)土人(としん)崇(あか)めて神(かみ)に祀(まつ)れり
いつの頃(ころ)にやありけん或時(あるとき)夜(よ)もすから風雨(ふうう)あり其(その)翌日(よくしつ)
彼(かの)酒壺(さかつほ)一堆(いつたい)の石(いし)に化(くわ)せりと云/又(また)文明(ふんめい)中(ちゆう)太田道灌(おほたたうくわん)此地(このち)に
斥候(ものみ)を置(おき)其(その)亀(かめ)の霊(れい)あるをもつてこれを河圖(かと)と号(なつく)る
といへり《割書:済海寺(さいかいし)の山号(さんかう)を昔(むかし)は亀塚山(きちようさん)と唱(とな)へしと也|今(いま)も猶(なほ)土人(としん)は亀塚(かめつか)の済海寺(さいかいし)と呼(よ)へり》
徂徠先生墓(そらいせんせいのはか) 三田寺町(みたてらまち)長松寺(ちやうしようし)といへる浄家(しやうけ)の境内(けいたい)にあり