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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之3 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之3 - ページ 54

ページ: 54

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【右丁】  稲荷祠(いなりのやしろ) 太子堂(たいしたう)庚申堂(かうしんたう)の中(なか)に並(なら)ひ立(たゝ)せ給ふ高輪(たかなわ)の  産土神(うふすな)なり 庚申堂(かうしんたう) 同(おな)し境内(けいたい)にあり本尊(ほんそんは)青面金剛(せいめんこんかう)の木像(もくさう)なり摂州(せつしう)  四天王寺(してんわうし)の住侶(ちゆうりよ)民部卿(みんふきやう)僧都(そうつ)豪範(かうはん)の作(さく)といふ縁起云(えんきにいふ)  大宝(たいはう)元年辛丑正月/庚申(かのえさる)の日(ひ)は一年(いちねん)の間(あひた)六度(ろくと)ありて八専(はつせん)  の間日(まひ)に中(あた)れり人間(にんけん)に三尸(さんし)といふ三(みつ)の悪蟲(あくちう)ありて災(わさはひ)を  招(まね)く然(しかる)に庚申(かうしん)を祭(まつ)る時(とき)は此蟲(このむし)退散(たいさん)し身(み)に幸(さいはひ)を来(きた)らしめ  若(もし)不信(ふしん)の輩(ともから)ある時(とき)は命根(めいこん)を吸(すひ)悪業(あくごふ)を天帝(てんてい)に訴(うつた)ふ今(いま)帝(たい)  釈天王(しやくてんわう)衆生(しゆしやう)をあはれみ給ふ故(ゆゑ)に汝(なんち)に此法(このはふ)を附属(ふそく)す我(われ)は  則(すなはち)青面金剛(せいめんこんかう)なりと又十二の誓願(せいくわん)を示(しめ)し給へり僧都(そうつ)信(しん)  心(しん)肝(きも)に命(めい)し直(すく)に感見(かんけん)し奉(たてまつ)る所(ところ)の尊容(そんよう)を彫刻(てうこく)し普(あまね)く  衆生(しゆしやう)に庚申(かうしん)の法(はふ)を授(さつ)くとなり 光照山(くわうせうさん)常光寺(しやうくわうし) 同所(とうしよ)北町(きたまち)にあり浄土宗(しやうとしう)にして芝(しは)増上寺(そうしやうし)に 【左丁】  属(そく)す開山(かいさん)を大誉(たいよ)上人と号(かう)す本尊(ほんそん)は金像(こんさう)の阿弥陀如来(あみたによらい)  なり《割書:世(よ)に信州(しんしう)善光寺(せんくわうし)分身(ふんしん)|の弥陀如来(みたによらい)と称(しよう)す》縁起云(えんきにいはく)此(この)霊像(れいさう)は聖徳太子(しやうとくたいし)難波(なには)  の堀江(ほりえ)の水面(すゐめん)にして尊容(そんよう)を拝(はい)し給ひその像(さう)を鋳(ゐ)さ  しむ後(のち)元暦(けんりやく)元年/播州(はんしう)一(いち)の谷合戦(たにかつせん)の時(とき)武蔵國(むさしのくに)の住人(ちゆうにん)  岡部六弥太忠澄(をかへのろくやたたゝすみ)摂州(せつしう)蘆屋(あしや)の里(さと)に陣(ちん)しける時(とき)或翁(あるおきな)  此像(このさう)を忠澄(たゝすみ)に受与(しゆよ)す忠澄(たゝすみ)大(おほひ)に歓喜(くわんき)し鎧櫃(よろひひつ)に収(をさ)め  出陣(しゆつちん)す然(しかる)に霊威(れいゐ)の事ありて危難(きなん)を除(のか)れ剰(あまつさ)へ忠度(たゝのり)を  討(うつ)て武名(ふめい)を顕(あらは)せり依(よつて)代々/其家(そのいへ)に傳(つた)へしを獨夜(とくや)と云/僧(そう)  故(ゆゑ)ありて増上寺(そうしやうし)第(たい)四十六世/前大僧正(さきのたいそうしやう)定月和尚(ちやうけつおしやう)へ奉(たてまつ)る  遂(つひ)に定月和尚(ちやうけつおしやう)件(くたん)の旨趣(ししゆ)を自記(しき)し給ひ本尊(ほんそん)と共(とも)に  當寺(たうし)に収(をさめ)られしといふ此故(このゆゑ)にや當寺(たうし)境内(けいたい)に岡部六弥太(をかへのろくやた)か  墓(はか)と呼(よ)ふ古(ふる)き石塔(せきたふ)の破壊(はゑ)せるものを存(そん)せり 珠玉山(しゆきよくさん)宝蔵寺(はうさうし) 同所(とうしょ)にあり浄土宗(しやうとしう)にして芝(しは)増上寺(そうしやうし)に属(そく)す