翻刻
【右丁】
緩むは易き世の習ひにて慶長之末ゟ元禄八年之頃
迄暦八十二三年の間に玩物年々に作り出し且衣食
住の驕奢月々に倍して惣体武士の手に有之候遊金
六百万両は日々に減少となり凡此頃迄に大方商人之
手に相渡り候事と相見へ固より田畑より生する物
々は年々同し事にて武家方へ取上る処の金銀《見せ消ち:を|は》例年
凡四百万両前後に有之然るに驕奢日追て盛になれは
彼の四百万両之金高にては其年之賄なり兼れは其不
足之分百姓之弁金と相成年々引続き用金々に絞り上られ終に
百姓之手に有之候千五百万両は大方領主地頭へ相廻り其領主
【左丁】
地頭より商人之手に相渡り候也於是世界之金銀は多分
町人之懐に納りて通用する処厪?に六七百万両と見へ
たり就ては世上融通甚差支日々四海困窮に相及ひ
候也故に無拠金銀の位を落し員数を増す時は通用
よろしからんとの儀にて元禄八乙亥年金銀共御吹
替に相成候よし也然れ共金銀之位卑敷相成候程諸式高
直に相成候儀は理之当然に御坐候扨又往古は武士より農工
商へ金銀を貸し候儀は有之候とも農工商より武士の金銀
を借り候儀は無之筋に御座候勿論商人は諸品を交易いた
し候而已にて金銀抔貸付候力は曽て無之又金銀貸付抔