翻刻
四
親/摂(ハサマリテ)_二歒之中間_一無_レ暇_二軍事_一、一戦一和運_二籌策_一年_二 ̄アリ于此_一 ̄ニ。或時氏親謂_二成時_一曰、於_二東三河_一要害堅固 ̄ナル所 ̄ニ宜_レ ̄シク築_レ城云
々。因_レ茲成時監_二-検其勝地_一。今橋入道/囦(フチ)【淵】者此 ̄レ夫 ̄ノ地也。故不_レ移_二時日_一召_二集人夫_一使_二巧匠 ̄ヲシテ運_一レ斧則不_レ歴_二年序_一功大
成焉。維時永正二乙丑年也。成時在_二-城于斯_一遂_レ日弥_レ月国中稍慕_二其武名服事者居多矣。成時毎_レ有_二軍事之
暇_一翫_二愛和歌及連歌_一。然後齢逮_二 ̄ブ耳順_一頃薙髪 ̄シテ号_二古白_一。一日連歌師宗長芳_二-問 ̄シ古白_一 ̄ヲ来 ̄ツテ催_二連歌興_一。
発句 花盛り心もちらぬ一木哉 古白
脇 朧けなから有明の山 宗長
此余有_二連歌帙若干巻_一。牛窪邑中神善九郎 ̄トイフ者伝来 ̄シ謂_三 蔵在_二其家_一、近年牧野氏買_二求 ̄ムト之_一。
又柴屋宗長紀行略_二-記之_一。
大永六年ノ記
ひくまの野辺こゝをたちて浜の橋一とせの高潮よりあら海となりおそろしきわたりすとて此
たひの旅行まてと何となく心細くものかなしくて
たひ〳〵の浜名の橋も哀れなりけふこそわたりはてと思へは
此わたりまて飯尾善六郎打をくり帰路の袖をひかへての事なるへし三河国今橋牧野田三彼父お
ほちより知人にて国のさかひわつらはしきに人多く物の具なとしてむかひにとてこと〳〵しく
そおほえし此所一日熊谷越後守来り物かたりし夜更侍りし田三同名平三郎猪名といふ所に一宿
下略
今橋牧野田三宿所にて
今日さらに五月まつ花のやとりかな 宗長
同越後守館にて
あふち咲雲井をちりの梺かな 同
市田村牧野四郎左衛門方にて
ゆく袖も草葉のたけの夏野かな 同
吉良東條城
波やゆく春のかさしのわたつ海 同
苅谷水野和泉守館
風や春磯の花咲沖津なみ 同
春はくれぬ郭公はた初音かな 同
同所水野藤九郎宿所
朝霧は浪もてゆつる籬かな 同
深溝松平大炊頭忠定館
茂りあふ木すえの夏の外山かな 同
大浜称名寺の住持にあふて
五