翻刻
【右丁】
落合(おちあひ)等(とう)の地(ち)を合(あは)せて社領(しやりやう)に寄附(きふ)なし給ひ朱章(しゆしやう)の明挙(めいきよ)を下(くだ)
され官造(くわんさう)の宮社(きうしや)に列(れつ)せしむ
大宮山(たいくうさん)東光(とうくわう)禅寺(ぜんじ) 同所 大宮宿(おほみやしゆく)宮町(みやまち)の右側(みぎかは)にあり往古(そのかみ)は天台宗(てんだいしう)
なりしが今(いま)宗風(しうふう)を転(てん)して曹洞派(さうとうは)の禅林(ぜんりん)とす《割書:染谷(そめや)の常泉(じやうせん)|寺(じ)に属(ぞく)す》本尊(ほんそん)は
金銅(こんとう)の薬師(やくし)如来(によらい)一寸八分ありて木仏(もくぶつ)の薬師(やくし)の胎中(たいちゆう)に収(をさ)む
開山(かいさん)は紀州(きしう)熊野(くまの)那智山(なちさん)の東光坊(とうくわうばう)阿闍梨(あじやり)祐慶(いうけい)なり《割書:長寛(ちやうくわん)元年|癸未正月》
《割書:廿八日迁化伝聞天台宗東光坊阿闍梨宥慶法印熊野那智山下浜宮住侶西家三|男也盖足立郡者光明房依為代代之旦那所令下向此時大宮黒塚之悪鬼以法力》
《割書:令退散云云 寺説(じせつ)に云く祐慶(いうけい)は西家の三男(さんなん)にして那智山(なちさん)下浜宮(くたはまみや)といへるに住侶(ぢゆうりよ)たり長徳(ちやうとく)|年中(ねんぢゆう)西三条(にしさんてう)の家(いへ)より継(つが)るゝ故(ゆゑ)に浜宮(はまみや)の西殿(にしとの)と申伝(もふしつた)ふ今猶(いまなほ)しかり就中(なかんつく)西(にし)の家(いへ)は熊野(くまの)》
《割書:上■の正嫡(しやうちやく)|なりと云々》鳥羽院(とばのゐん)の御宇(ぎよう)関東(くわんとう)に下向(げかう)し法力(はふりき)を以(もつ)て一宇(いちう)をひらき
て熊野(くまの)の威光(ゐくわう)を関東(くわんとう)に耀(かゝやかす)といへる意(こゝろ)によりて寺(てら)を東光寺(とうくわうし)と号(なつけ)らる
足立原(あたちかはら)に古塚(ふるつか)あり黒塚(くろつか)と号(なつ)く塚(つか)に虗鬼(きよき)あり窟(くつ)を宅(たく)とす
殺気(さつき)天(てん)を凌(しのぎ)猛威(まうゐ)人(ひと)を𢮿(さしはさ)む慶師(けいし)道力(だうりき)を励(はげま)しこれを伏(ふく)すと
黒塚(くろつか) 大宮駅(おほみやのえき)氷川社(ひかはのやしろ)より四町あまり東(ひがし)の方 森(もり)の中(なか)にあり《割書:此塚(このつか)より南(みなみ)|の方(かた)百歩(ひやくほ)》
【左丁】
《割書:斗(はかり)を隔(へだ)てゝ東光坊(とうくわうばう)の旧跡(きうせき)ありて|二丁四方の間(あひだ)雑樹(ざうじゆ)繁茂(はんも)せり》往古(そのかみ)東光坊(とうくわうばう)阿闍梨(あじやり)祐慶(いうけい)悪鬼(あくき)退(たい)
治(ぢ)の地(ち)なり昔(むかし)は足立原(あたちはら)と唱(とな)ふ世俗(せぞく)奥州(あうしう)の安達(あだち)が原(はら)とするは誤(あやまり)
なるべし《割書:奥州(あうしう)の黒塚(くろつか)は二本松(にほんまつ)と八丁|目の間(あひだ)舟引山(ふなひきやま)の此方(こなた)にあり》此所(このところ)も奥州(あうしう)への海道(かいだう)なれば混(こん)し交(まじ)へて
しかいへるならん《割書:足立原(あたちはら)の黒塚(くろつか)を武蔵国(むさしのくに)とするは|紀州(きしう)那智山(なちさん)の記(き)にも見えたり》
潮田(うしほた)出羽守(ではのかみ)源(みなもとの)資忠(すけたゞ)之(の)墓(はか) 同 艮(うしとら)の方(かた)十町 斗(ばかり)を隔(へだ)つ《割書:資忠(すけたゞ)の城趾(しろあと)に|して五六丁四方の》
《割書:岡(をか)|也》資忠(すけたゞ)は足立郡(あたちこほり)大宮(おほみや)寿能(じゆのうの)城主(じやうしゆ)なり其先(そのせん)清和(せいわ)天皇(てんわう)九代
後胤(こういん)従三位(じゆさんゐ)右京(うきやうの)太夫(たいふ)兼(けん)兵庫頭(へうごのかみ)頼政(よりまさ)十九世の嫡流(ちやくりう)太田(おほた)美濃守(みのゝかみ)
三楽斎(さんらくさい)資正(すけまさ)第四(だいし)の男(なん)也 天正(てんしやう)十八年庚寅四月十八日 相州(さうしう)小田原(をたはら)
において討死(うちしに)す因(よつ)て其(その)家臣(かしん)北沢(きたさは)宮内(くない)なる者(もの)恩寵(おんてう)余沢(よたく)の深(ふかき)を
思(おも)ひ私(わたくし)にこのところに塚(つか)を営(いとな)む元文(げんぶん)三年戊午資忠(すけたゞ)六世の嫡孫(ちやくそん)
潮田(うしほた)氏資(うぢすけ)方(かた)再(ふたゝ)び北沢(きたさは)某(それがし)に命(めい)して墓碑(ぼひ)を造(つく)らしむるの旨(むね)其(その)
碑銘(ひめい)に詳(つまひらか)なり